7 Caseアーリア⑦
数秒の沈黙の後、サンクが先に口を開いた。
「ちょっくら厨房に行ってくる」
眠った体勢のままアンが言った。
「了解」
ポケットに入れた小瓶を服の上から確認し、サンクが静かに部屋を出た。
朝食の準備で慌ただしい厨房に入ると、料理長に声を掛ける。
「皇太子妃殿下のお茶を取りに来ました」
不機嫌そうに料理長が答えた。
「そこに茶葉が出してある。湯は湧いているから適当にやってくれ」
備え付けの柄杓でポットに湯を移す。
「あら。お湯が足りなくなるかも」
「忙しいんだ」
料理長は侍女を見ることも無く井戸の方を指さした。
「わかりました」
侍女は厨房の隅にある井戸に向かった。
釣瓶を落とす時にポケットから出した小瓶の蓋を開けて一緒に落とす。
桶から大鍋に水を移すこと数度、大鍋をいっぱいに満たしてから厨房を出た。
(ミッション完了)
「ありがとうございました」
「おお、ご苦労さん」
侍女は何事もなかったように、ポットと茶葉を乗せたトレイを手に出て行った。
部屋に戻るとテーブルにトレイを置く。
何事もなかったように、せっせと布でアーリアの体を清めていった。
「終わったか?」
侍女は声を出さず頷いてベッドから離れた。
医者は鞄から薬瓶を取り出してアーリアに近づいた。
「これをお飲みください、皇太子妃殿下。少しは楽になりますから」
アーリアは動かない。
しびれを切らした医者が侍女に言った。
「飲ませてやれ」
「はい」
アーリアの上半身を抱えるようにして起こし、薬瓶から直接飲ませる。
意識が朦朧としているアーリアは薬をうまく飲めず、口の横からだらだらと零れ、シーツを濡らした。
「もういい。どうせ気休めだ」
「先生? 皇太子妃殿下の御病気って……」
「おそらく黒星病だ。この数日皇太子妃殿下と接触したのは?」
「皇太子殿下とララーナ様だけです」
「そうか……。となると粘膜から感染している可能性が高いな」
「そんな……では皇太子殿下も?」
「発疹が出て3日以内なら投薬で治るケースもある」
「じゃあ皇太子妃殿下も今の薬で治るのですね?」
「いや、発疹が赤黒いだろう?こうなっては無理だ」
「先生! 急いで皇太子殿下とララーナ様にお薬を!」
「分かっている! しかし城内に同じ症状が出たら、在庫だけでは薬が不足するぞ」
「その薬って高価なんですか?」
「ああ、庶民では入手できないほど高価だ」
「……」
「君も一応飲んでおけ。ん? どうした?」
「いえ、もしも私にお金があったら薬を買い占めて儲けるのになって思っただけです」
「お前……不謹慎な奴だ」
「だってアーリア妃ですよ? 死んでも誰も困らないじゃない」
「まあ、それはそうだが」
「まあ私にはお金もないし、夢のまた夢ですけどね」
「……これを置いておくから四時間おきに飲ませろ。俺は急いで皇太子殿下に薬を渡して来る。念のために布で口を覆っておけ。必要以上に近寄るな」
「わかりました」
医者は鞄からもう数本の薬瓶を取り出して侍女に渡すと、そそくさと部屋を出た。
侍女はすぐに浴室に行き、全て捨てた。
自分のポケットから別の瓶を出し、中身を全て移し替えてる。
一本だけカラのままにした薬瓶を枕元に置いて、他はベッドサイドの引き出しに収めた。
「後は待つだけだな。腹が減った……」
侍女はテーブルのポットに手を伸ばし、ゆっくりと紅茶を淹れ始めた。