6 Caseアーリア⑥
寝室への廊下の角を曲がる前、喉仏をぐっと指で押し上げ声のトーンを調整するサンク。
「おはようございます」
ドア横の椅子で眠りこけている騎士に声を掛ける。
「ん? ああ、リサか。おはよう」
「はい、お水。そろそろ交代でしょう?遅れるわよ」
「ああ、ありがとう。皇太子妃様の護衛は楽でいいから寝ちゃうんだよな」
「ははは! じゃあもう行くね」
「ああ、俺も行くよ。起こしてくれてありがとう」
サンクはニコッと笑って寝室のドアを開けた。
「アーリア様、さっさと起きてくださいよ! 私は忙しいのですから」
ドアの外に聞こえるようにわざと大きな声で言い、騎士がまだいることを確認してから悲鳴を上げた。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
騎士が驚いて入ってくる。
サンクは震えながらベッドに横たわるアーリアを指さした。
騎士が布団を捲ると、顔中に赤黒い斑点を浮かべて苦しそうに呻いている王太子妃の姿があった。
「うわぁぁぁぁぁ! 大変だ! 医者を……医者!」
騎士が駆け出していく。
サンクはそれを見届けてからゆっくりとドアを閉めた。
アーリアの枕元に顔を近づけ、ニヤッと笑いながら口を開いた。
「おぉぉ~さすがアンの作った薬だな。気分はどうだ?」
それまでギュッと眼を瞑っていたアンがパチッと目を開けた。
「ちょっと調整が必要かも。熱が高いわ」
「そう? それって傷のせいじゃなくて? ってか、誰にやられたんだよ」
「自分でやったのよ。彼女は昨日も甚振られてね。傷用のメイク道具を仕込んでなくてさ」
「うわぁ、そりゃゼロが怒るな。お、もう来た」
サンクはゆっくりとベッドから離れて、再びか弱く震えだした。
バンッという大きな音を立ててドアが開く。
騎士と一緒に宮廷医師が駆け込んできた。
「先生……皇太子妃殿下が……」
チラッとアーリアの様子を伺った医師は、その状態に怯んだ様子を見せた。
何とか気を取り直して、騎士と侍女を見た。
「いつからだ?」
サンクが答える。
「今朝起こしに来たらこの状態で……」
騎士も口を開く。
「昨日の夜はなんとも無かったんです。誰も来なかったし。今朝方いつものように侍女が起こしに来て、すぐに悲鳴を聞いて……」
「そうか。拙いな」
「「……」」
二人は顔を見合わせた。
医師が続けて言う。
「今日の皇太子の予定は?」
「無いはずです。おそらく寝室からは出てこられないと……」
「これを知っているのは?」
「我々だけです」
「原因を調べ終わるまで秘密にしよう。お前たちも職務怠慢が知れると拙いだろう?」
「「……わかりました」」
「では通常通りの勤務をしてくれ。私は微熱があって呼ばれたという事にしよう。君は湯を準備してくれ。くれぐれも他言無用だ」
騎士は黙って頷き、交代のために部屋を出た。
侍女は湯を準備するために、浴室に向かった。
医師はアーリアの布団を引き剝がし、ポケットからペンを出して襟元を捲って様子を確認した。
「全身か? それにしてもこの症状は……」
医師は慌てて鞄から布を取り出し口を覆った。
湯を持ってきた侍女にも同じようにするよう指示をしてから手袋をはめさせた。
「斑点が全身に出ているか確認したい。寝間着を脱がせてくれ」
「は……はい、わかりました。先生? まさかうつりませんよね?」
「あ……ああ、それを確認するんだ。早くしてくれ」
侍女は恐る恐るアーリアの寝間着を脱がせていく。
下着だけになったアーリアの体を観察した医師は言った。
「拙いな。死ぬぞ」
侍女は驚いて振り向き、数歩後ずさった。
「うつるの?ねえ、うつるんじゃないでしょうね!」
「飛沫感染だ。接触だけではうつらない。換気して体を拭いてやれ」
「嫌よ。怖いわ」
「大丈夫だから。俺は薬を取りに戻る。誰も部屋に入れるなよ」
「わ……わかりました」
侍女は慌てて窓を開けた。
医師はそれを確認した後、部屋を出て行った。