5 Caseアーリア⑤
月も星も無い夜道を黒い塊がものすごいスピードで駆け抜ける。
王宮を遠くに見ることができる小高い丘を駆け下りた先に大きな箱を積んだ馬車が停まっていた。
黒い塊は何の躊躇も無く馬車の荷台に飛び乗り箱を開けた。
真っ黒なマントを脱ぎ、箱の中に広げ胸に抱いていたものを丁寧に収める。
箱に入れていた服に着替え馭者席に移動したサシュは、ゆっくりと馬車を操った。
屋敷の入口にはオーエンとサンクが待っていた。
一言もしゃべらず、箱ごと屋敷に運び入れると静かにドアを閉める。
馬車はそのまま屋敷の裏手に回り、厩舎に消えて行った。
箱から出されたアーリアはベッドに運ばれ、サンクが傷の手当を始めた。
その無残な体を見たオーエンは顔を顰めた。
「惨いな」
「この皇太子、意外と頭がいいかもね。絶妙に急所を外して痛めつけているよ」
「分かってやってるならなお悪いだろ」
「そりゃね。可哀想に……このお姫さん、もう子は産めないな」
「そうか」
「うん、内臓が腫れているけど、破損や破裂は無いし、骨折も無い。絶対安静で栄養補給すれば、予定日には渡せる」
「わかった」
ゼロとサシュが入ってきた。
「どう?」
「予定通りいける」
「そうか、では僕も予定通りだね」
「ゼロ、なかなか似合うぞ?」
「ははは! A国の神官服は動きやすくて助かるよ。サンクは明日からだな」
「うん、久しぶりの女装だから少し楽しみなんだ」
サシュがボソッと言った。
「この国は腐ってる。宮廷医師も侍女も騎士もとんだ外道だったぜ」
「そう言えばあの侍女ってどこに捨てたの?」
「あの宮廷医師の家の庭に埋めといた」
「プチざまあ?」
「それそれ! ははは!発見されたら新聞ネタだ! 痴情の縺れってやつ?」
四人はクツクツと笑い、アーリアの側を離れた。
アンが嗅がせた薬によって、アーリアは明日の昼まで目覚めない。
知らない方が幸せという事が世の中には多いことを「イヴォル」のメンバーは身に染みて知っている。
あくる朝、まだ暗いうちにサンクは屋敷を出た。
途中までサシュに送ってもらい、乗合馬車で王宮の裏口に行き身を潜めた。
遠くから小走りの足音が聞こえてきた。
(あいつか。思ってたより背が高いな。好都合だ)
サンクは音も無く忍び寄り、一瞬で絡めとった。
近くの森に引きずり込んで侍女服を脱がせた。
自分が着てきたワンピースを着せて茂みに隠した。
死体はサシュが処分する手はずになっている。
死に顔を凝視してから鏡を覗き込んで特徴を捉えたメイクを施した。
侍女服の埃を手で払い、その女が持っていた鞄を手にしたサンクはゆっくりと歩き出す。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。楽しい休暇だったかい?」
「ええ、お陰様で。ちょっと騒ぎすぎて声が変でしょう?」
「そうかい?風邪なら大変だ。気をつけなよ?」
使用人門の門番と当たり障りのない会話をして、後から来た侍女と一緒に城に入った。
昨夜のうちにアンが残しておいてくれた目印を頼りに自室に入る。
知らなければ唯の凹みに見えるそれは、三女のシスが開発した薬品が作った穴で、その焼薬品薬品には石を溶かす特性がある。
点々と続く凹みを辿れば、サンクがなり替わった侍女の部屋に続いていた。
(さすがアン。あの短時間で至れり尽くせりだな)
初めてみた自室を眺め、花瓶を探し出して持参した花を活ける。
もう一度鏡で全身をチェックした後、サンクは静々とアーリアの寝室に向かった。