第8話 異世界帰りの力
…………ん? 今このオッサン、何て言った?
ヴァンパイアって聞こえたんだけど……え? ヴァンパイアってあのヴァンパイアだよな? 吸血鬼の?
………………んん?
もしかしてこれは手の込んだドッキリかもと思って首を捻っていると、
「む? 聞こえてなかったのか? ここにいる連中はヴァンパイアだって言ったんだぞ?」
再度確かめるように言ってくる。
「えっと……何の冗談だ?」
「はんっ、これだから低俗な人間は! いいか、この世は確かにお前ら人間の方が数が多い。人間の天下だと言ってもいいだろう。しかししょせんは悪知恵だけしか能のない惰弱な生物だ。我々のような強く気高い存在と比べると龍とハエほどの違いだ!」
うわぁ、それは言い過ぎでしょ。どこまで自信過剰なのコイツ。それに龍って、空想上の生物をたとえに持ってくんなよな。
しかもヴァンパイア……ねぇ。
チラリといまだ泣いているしおんを見る。彼女は否定せずに顔を俯かせていた。
……マジかぁ。ていうか地球に吸血鬼なんて存在したんだなぁ。
異世界にもいたが、確かに物騒な思考を持った種族ではあった。バトルマニアというか、俺はいつも喧嘩を吹っかけられてたし。
まさかこの地球にも、つか俺の友達がそうだったなんて……。
俺はそれでも一応確認のために真鈴さんに聞いてみた。
「真鈴さん、あのオッサンの言ったこと……マジっすか?」
「…………今まで黙っていてすみませんでした」
「……そっか」
どうやらドッキリでも何でもないらしい。
ていうか友人が吸血鬼だって分かったってのに、この妙な冷静さは何だろうか。
やっぱあれだな。異世界での経験が生きてるんだろうなぁ。
「アーッハッハッハッハ! 見ろこのガキを! いつも傍にいた存在がバケモノだって知って怖くなって何も言えなくなってるじゃねえかぁ!」
……は? いや、別にそんな理由で黙ってるわけじゃねえし。ヴァンパイアって懐かしいなぁって思ってただけなんだけど。
でもどうやら俺の沈黙を、二人のことを怖がっているふうに捉えられたらしい。
ていうかそんな二人もオッサンと同じことを思っているのか、ショックを受けたような表情で意気消沈している。
「愉快愉快! だから前にも言ったじゃないですかお二人とも! しょせん我々は人間とは相容れない存在だと! 下等な人間などといても、何のメリットもないと!」
「「……っ」」
オッサンの言葉にしおんと真鈴さんが唇を噛みしめて震えている。悔しいが何も言い返せないようだ。
「これで分かったでしょう? ヴァンパイアの傍にいられるのはヴァンパイアだけ。あなたちを守り愛せるのは、同じヴァンパイアである儂だけなんですよ」
ああ、やっぱコイツもそうだったんだ。ヴァンパイアってよりオークって感じだけど。
……てか今何つった? 二人を愛せる?
「さあ、儂と契りを結びなされ。そして強い子を孕むんですよ。そうすれば当主だってきっとあなたたちをお許しになってくださる」
強い子を……孕むだと?
俺はチラリと二人の様子を見ると、真っ青な顔で明らかな拒絶反応を示していた。
なるほど。このオッサンの目的は二人を手に入れることだったのか。
「大丈夫。二人とも平等に愛して差し上げますから。これでも幾人もの女をベッドの上で啼かせてきましたので、十分に満足させてあげますよ」
う、うわぁ……気色悪ぃ……。
徐々に二人に近づいてくるオッサン。二人は身体を震わせ怯えている。
俺は絶望の表情をして固まっているしおんの頭にそっと手を置く。
「……ふぇ?」
「心配すんな。お前は一人じゃねえよ」
俺はそのままスッと立ち上がった。
「あ? おいガキ、動くなって言ったよな?」
「あーちょっといいかな。言いたいことがあんだけどさ」
「…………何だ?」
俺は咳払いを一つすると、ジト目をぶつけながら言い放つ。
「良い歳こいて何言ってんだ、このロリコン野郎」
「なっ!? ほ、ほう……貴様ぁ……立場が分かっているのか?」
「立場ねぇ……俺、頭悪いから教えてくんね?」
「こういうことだよ!」
オッサンがサッと手を上げると、周りを囲っている連中が一斉に銃を抜いて俺に向けてきた。
「おお、おお、ずいぶんと物騒なこって」
「強がりを。ほら、泣いて叫べ。許しを請え。もしかしたら温情くらいは与えてやるかもしれんぞ?」
「いらねえよ、そんな生温そうなもん。同じ温もりなら、しおんや真鈴さんに抱きしめられた方が嬉しいしな」
「ろ、ろっくんっ!?」
「ひ、日六くん、あなた何を……!?」
当然俺の発言に、二人は照れたような様子を見せる。うん、可愛いですね。
「き、貴様ぁ……いつまでも調子に乗ってると……」
「乗ってると……何?」
バキンッと軽く力を込めて手錠を破壊し、両手を解放させる。
「んなっ!? と、特注の手錠だぞ!」
「あ、そうだったの? 次からはもっと頑丈なもんを用意した方が良いぞ。まあ……次があったらだけどな」
「な、何を言って……!」
「ああ、それと一つてめえらに言っておくことがあったわ」
「……?」
俺はギロリとオッサンを睨みつけて、怒気を込めた声音で発する。
「殺し道具を俺に向けた以上は――覚悟しろよ」
「は……はあ?」
「殺意には殺意でもって返すのが、今の俺の流儀なんでな。出ろ――《マルチゲート》」
直後、銃を構えている者たち、その両腕の肘から先が、突如現れた楕円形の濃紺色をした空間に埋もれて見えなくなっていた。
「「「「うわぁぁぁぁっ!?」」」」
当然謎の空間に自身の腕が飲み込まれている事実に驚愕する連中。
だがここで終わりではない。
「――《クローズ》」
俺の呟きと同時に、あちこちから鮮血が舞う。
そして――。
「「「「うがぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」」
周囲の連中が全員悲鳴を上げながら両膝をつく。
何故なら彼らの両腕が、肘から先が切断されて血を噴出させていたのである。
「な、何だっ!? どういうことだこれはぁぁぁっ!?」
オッサンが不可思議であろう現状を目の前にしてうろたえている。
俺の《ゲート》の使い方の一つ――《クローズ》。
簡単に言えばただ《ゲート》を閉じるだけなのだが、今のように《ゲート》を通過している間に閉じたら、当然空間と空間の切断が起きてああなる。
言うなれば〝絶対切断〟を可能にする能力というわけだ。
「ああ、コイツら煩いな。ちょっと出て行ってもらおうか。――《マルチゲート》」
オッサンの部下たちは、それぞれ身体に面している床に開いた《ゲート》へと沈み込んで、そのままどこかへと消え去っていく。
「さあ、これで静かになったな」
その場にいる四人の中で、俺以外は愕然とした面持ちで固まっている。
そしてようやく動きを見せたのはオッサンだった。
「……お、おいガキ……まさか今のは……貴様の仕業なのか?」
「ん~? さあ、どうだろうなぁ」
「ふざけるなっ! お前しかいないだろうが! 何をした! お前はただの人間じゃねえのかぁっ!」
「人間さ」
「!?」
「ま……ただのってところは怪しいけどな」
その言葉を受け、しおんが妙に食いついたような表情を俺に見せてくる。
「どうする? オッサン一人になっちまったが」
「くっ……こんなとこで諦められるか! こっちはこの日を綿密な計画のもとに選んだんだ! たかが石ころ程度で躓くわけにいくかっ!」
スッと銃を突き付けてきて、
「死ねぇぇぇぇっ!」
と問答無用に撃ってきやがった。
「ろっくんっ!?」
しおんが心配そうに俺の名を呼ぶが、すぐにその表情は唖然と固まってしまう。
それもそのはず。俺が素手で銃弾を受け止めていたのだから。
「何のエンチャントもされてないただの鉛玉が俺に通用するわけねえだろ?」
パッと手を離すと、ひしゃげた弾丸が床へと落ちていく。
「そ、そ、そんなわけがあるかぁぁぁぁぁっ!」
バンッ、バンッ、バンッ、バンッと、連続で発砲するが、その度に俺は銃弾を片手で受け止めてみせる。
カチカチカチと、オッサンは引き金を何度も引くが、どうやら撃てる弾はもうないようだ。
「バ、バケモノ……ッ!?」
「おいおい、それをオッサンが言うのかよ」
「ひっ、ひえぇぇぇぇぇっ!?」
この期に及んで、この場から逃げようと扉の方へ走り去ろうとしてきた。
俺はその扉に《ゲート》を開くと、オッサンはそのまま《ゲート》の中に駆け込んでいき――――――――天井から落下してきた。
「ぐぶへぇっ!?」
何てことはない。さっきの《ゲート》を天井に繋げただけだ。
「おいおい、大丈夫かオッサン?」
「うぐっ……ひぎぅっ!?」
俺は身体を起こしたオッサンの首を掴み上げる。
そのまま彼の身体は浮かび上がり、苦しそうにジタバタとし始めた。
「いいか? しおんは俺の大切な友達だ」
「!? ……ろっくん」
「真鈴さんも、俺が世話になってる人なんだよ」
「日六くん……」
「誰に何を言われようと、たとえ二人がヴァンパイアだろうと関係ねえんだよ。この二人は俺の友達で大切な人たちだ!」
しおんと真鈴は同時に両手を口元に当てて涙ぐむ。
「二人を泣かせた罰だ! 絶海の孤島に飛ばしてやっから、そこでしばらく反省しやがれっ!」
俺は、オッサンを全力で《ゲート》を開いた壁に投げつけてやった。
オッサンは、情けない叫び声を上げながら、濃紺の空間へと吸い込まれていき消えたのである。