贈り物
自分の気持ちをはっきり口にしたからか、エルネストは遠慮が無くなった。
何かにつけて、アリッサに熱い眼差しを向けてくるようになった。
邸の人達も既に彼のアリッサに対する気持ちを知っていて、ドロシーでさえもことあるごとに、ふたりきりにしてくる。
ふたりきりになると、エルネストは好意を隠そうともせず、アリッサに微笑みかける。
しかし過度な接触や無理矢理な行為をしてるわけではないため、一定の距離感を保って近づくようにしていた。
「取って食べたりはしない。美味しそうではあるが。私は待てがきくんだ」
などと言われていた。前世では既婚者だったから、何を言われているかは想像がつく。
顔を赤らめて俯く彼女を見て、エルネストは楽しそうだった。
「こーしゃくはアリッサのことが好きなのね」
「へ?」
マージョリーの身支度を手伝っているとき、不意に彼女に言われて、思わず間の抜けた返事をしてしまった。
「マ、マージョリー、な、何を・・」
「そんなに驚かなくてもいい。私たちはとっくに知っていたよ」
「え? どういうことですか、ロドニー様」
まさか二人に既にばれていたのかと焦った。
「初めて彼が我が家を訪れたとき、アリッサを教育係に迎えたいと言った彼の表情を見て、何かあるとは思っていた」
アリッサに席を外すように言った時だ。
「彼は以前から君を知っている様子だった。君が何か秘密を抱えている様子なのは私達もわかっていた。彼はその秘密ごと君を受け入れてくれる、器の大きな男だと思った」
「え・・・」
「マージョリーのことも、心から心配してくれて、とても好感が持てた。彼なら信頼できる。そう思ったから、私達は引っ越しを決めた」
「そうだったんですね。私はてっきり・・」
「彼が強引に説き伏せたと思ったか?」
「はい」
脅迫したとまでは思わないが、アリッサにはブリジッタであることを黙っていて欲しいなら、教育係を引き受けろというようなことを言ったのだから、そう思っても仕方が無い。
「多少強引でも、本当に無理強いはしない人だ」
「わかっています」
それは彼女もわかっている。何よりドロシーへの愛情は本物だ。姪に対してああなのだから、人を思いやることの出来る人なのだ。
「でも、まだふみきれないのね」
マージョリーに言われ、頷いた。
「かれは、いそがないといったのでしょ?」
「ど、どうしてそれを?」
エルネストの言葉まで言い当てられ驚く。
「そんなきがしたの。かれならきっと、そういうだろうって」
さすが年の功といったところだろうか。有紗の時と年齢を合わせると五十歳ほどになるが、まだまだ彼女たちの洞察力には負ける。
アリッサも、次第に頑なな心が、真っ直ぐに自分へ向けられるエルネストの好意が、解かしていくのを感じていた。
「全問正解よ」
「やったー」
「間違いもないし、計算も早くなったわね」
「先生のおかげです」
「あなたが頑張ったからよ」
ドロシーは最近勉強が面白くて仕方がないらしい。
呑み込みも早く、何に対しても積極的だ。
アリッサからは勉強と作法と、刺繍を習っている。
「刺繍も随分上達したわね。今度エルネスト様に刺繍したハンカチを刺繍でもしてみる? 練習だけじゃなくて、実際に誰かにあげるためのものを作るのも、いい経験よ」
有紗のときには手料理しかしたことがなかった。仕事が忙しくて、そんな趣味に割く時間もなかった。
(考えてみれば、主任になってから忙しくて家のことも適当で、旦那のこともかまってなかったな)
だからと言って浮気は許せないが、その原因は自分にもあったのかも知れない。
けれどジルフリードの時には、ブリジッタはハンカチや剣帯などを作成した。それを彼がどう思っていたのか、お礼の手紙を貰うことも、彼がそれを使っていたのを見たこともなかった。
「じゃあ、先生も一緒に作りましょう」
「え?」
過去のことを思い出していると、ドロシーが提案してきた。
「わ、私も?」
「叔父様、きっと喜ぶわ。先生からの贈り物だもの」
「そ、それは…」
そんなことをしてもいいのだろうか。
彼の気持ちに応えることもまだ出来ていないのに。
「今回かドロシーだけでいいのでは?」
「お願い、先生」
キラキラした目で見つめられ、頷くしかなかった。
カスティリーニ家の家紋は鹿と百合。
それを刺繍したハンカチを二人でそれぞれ作ることにした。
「明日、二人で出掛けて、刺繍に使う糸やハンカチの生地を買いに行きましょうよ。あ、でも何をしに行くのかは叔父様には内緒でね」
「何をしに行くのか聞かれたらどうしますか?」
「女だけの秘密だって言えばいいのよ」
ドロシーはいたずらっぽくウインクする。
まだ八歳だけど、既に小悪魔ぶりが垣間見えた。