王都からの来訪者
ドロシーを連れて外出することをベルトラン夫妻とエルネストの両方に伝えた。
ベルトラン夫妻には本当の目的を話すと、二人は是非そうしろ、いい考えだと後押しされた。
エルネストには、ドロシーの勉強に必要なものを買いに行くとだけ告げた。
「出掛けるのは構わないが、わざわざドロシーまで行く必要があるのか? 勉強に必要なら、取り寄せればいいのでは?」
「実際に物を見て決めたいのです。それに買い物をしてお金について学ぶのも勉強になりますから」
ドロシーのように「女だけの秘密」とは言うのが躊躇われ、もっともらしい言い訳を話した。
「そうか。だが、私は明日来客があって一緒に行ってやれない」
「い、いえ、今回は二人だけで行きたいのです」
「え、私は、仲間はずれか?」
見るからに落胆しているエルネストを見ると、罪悪感で胸が痛む。
「仲間はずれ…そ、そんなことは…ただ、今回は二人で…」
「私だって、ドロシーや君と出掛けたい。君と色々な所に行きたい。デートしたい」
「デ、デート!?」
声が裏返ってしまった。頬が一気に熱くなる。
「返事は待つと言ったが、嫌じゃないなら一緒にもっと君と過ごしたい」
「エルネスト…様」
熱い眼差しを向けられ、懇願するように言われると、思わず「わかった」と頷いてしまった。
「つ、次は…三人で…」
「本当か?」
二人で出かけるよりはドロシーが一緒に居てくれる方がいい。それでも彼は嬉しそうだ。
「でも、マージョリー様のことがありますから、遠出は無理です」
「わかっている。楽しみにしている」
何とか外出を許可してもらえて、次の日、ドロシーと二人で出掛けた。
雑巾すら買っていた前世とは違い、まだまだこの世界はハンドメイドのものが多い。
既製品は値がはり、時間と手間はかかっても、作る方が安いのだ。
そのため材料を売る店の品揃えはなかなかのものだ。
土台となるハンカチの生地は、ドロシーは白、アリッサは薄いブルーを選んだ。
刺繍糸もドロシーは淡い色を中心に選び、アリッサは同じ色味のものでも濃い色を選んだ。
そして二人で相談して、ベルトラン夫妻にも贈ろうということになり、ドロシーがマージョリーに、アリッサがロドニーに贈るものを作ることにしたした。
「あ、あそこ。ドロシーと初めて会った店ですね」
紙袋を持って二人で歩いていると、バルビー雑貨店の前を通った。
「あの時の櫛、お母様の墓前にお供えしようと思ったのですか?」
「な、なんで、そう思うの?」
ドロシーが目を大きく見開いて驚いてこちらを見上げる。
大きな緑の瞳がエメラルドのようでとても綺麗だ。
昨日、今度は三人で出かけようと言った時のエルネストも、こんな瞳をしていた。
「肖像画を拝見しました。お母様、黒髪で瞳は青色でした。あの時の櫛は銀に青色の石が付いていて、黒髪に映えそうでした。違いましたか?」
「ううん…違わない。昔、お母様が私の髪を梳かしてくれた櫛に似ていたの。お母様のお祖母様にいただいたって…でも、いつの間にか無くなっていて…似ていたから…」
「でも、黙って持って行こうとしたのは駄目ね」
「わかってる。もうしないわ」
「ええ、約束よ」
買い物を終えてカスティリーニ家に帰ってくると、馬車が一台停まっていた。
来客があると言っていたが、まだ帰っていないらしい。
「お帰りなさいませ、ドロシー様、アリッサさん」
「ただいま」
執事のケネスが二人を出迎えてくれた。
「お客様がまだいらっしゃるようですね」
「はい、旦那様の騎士団時代のお知り合いだそうです」
「騎士団での…」
「それで、アリッサさんがお戻りになられたら、応接室に来てほしいとのことでした」
「応接室? でもお客様が、いらっしゃるんですよね?」
「そのお客様に、アリッサさんを引き合わせたいということです」
なぜエルネストの知り合いに自分を?
そう思いながらもアリッサは応接室へ向かった。
「アリッサです。お呼びと伺いました」
「……入ってくれ」
エルネストが答える声がして、アリッサは扉を開けた。
「失礼いたします」
アリッサが中に入ると、エルネストがこちらを向いて座っているのが見えた。
来客は入り口に背中を向けているため、顔は見えない。
エルネストの騎士団時代の知り合いだと聞いたので、もしかしたらブリジッタの知り合いかもと思ったが、考えてみれば騎士団の詰め所にも行ったことがない。だが、夜会などで顔を合わせたことがあるかも知れない。
「…………!!!」
しかし、その客がこちらを向いてアリッサは目を見張った。
「まさか…ブリジッタ?」
「え!」
向こうも彼女を見て、驚いてその場に立ち上がった。
そこには彼女が見知った人物がいた。
「ジ…ジルフリード」
そこにはジルフリードその人がいた。