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ブリジッタと有紗

 林藤 有紗は日本で生まれ日本で育ち、そこで小さい頃からの夢だった看護師になった。
 看護学校を卒業し、大学病院で働き、学生時代からの付き合いだった男性と結婚した。
 仕事と家庭の両立は大変だったが、それなりに充実していた。
 歯車が狂いだしたのは、夫とすれ違いの日々が続きだした時。
 もともと夜勤勤務のある仕事のため、昼間会社員として働く夫と生活のリズムが合わずすれ違うこともよくあった。
 そして体調を崩して夜勤を代わってもらった夜、夫と住むマンションに帰宅すると、見知らぬ女性と仲睦まじくお風呂に入っている夫と出くわした。
 それを見て彼女は家を飛び出し、発熱のせいでボーッとしている所を、車に轢かれた。
 それが彼女の前世。林藤有紗としての人生の終わり。

 そして次に生まれ変わったのがブリジッタ・ヴェスタとしてだった。
 
 彼女が有紗の記憶を思いだしたのは、トリゲに向かう旅の途中だった。
 両親は彼女に僅かな荷物と粗末な馬車を与えて送り出した。
 慣れない長期の馬車の旅は、ブリジッタの体力を奪った。
 いくつかの街を通り過ぎ、途中何泊かしながら旅を続けていた。
 しかし、途中、ブリジッタの乗った馬車は人気のない森の道へと入った。
 そこで彼女は御者に襲われそうになった。
 馬車から引きずり降ろされ、草むらへ寝転ばされた彼女に、御者の男が覆い被さってきた。

「やめて!」

 必死で逃れようともがく彼女の耳に、男の下卑た笑いが聞こえた。

「は、お高くとまって何様だ。知ってるんだぜ、あんた、婚約者以外の男といちゃついて、婚約破棄されたんだってな」
「違う、それは」
「たいした駄賃もくれなかったんだ。これくらいの役得がなけりゃやってられっかって」
「やめて、触らないで!」
 
 ブリジッタは必死でもがくが、体の大きな男に馬乗りに乗られて、撥ね除けることもできない。
 男の手がドレスの裾を上げて、ズロースの上から太ももをさすった。
 ぞわりと鳥肌が彼女の全身に立った。
「誰か、やだ、やめて!」

 なぜ、なぜ自分ばかりがこんな目にあうのか。
 冷たい婚約者とその家族。自らの家族も彼女を突き放した。
 不貞の烙印を押され、修道院へと厄介払いされる道中で、こんな男に貞操を奪われてしまうのか。
 ブリジッタは夢中で逃げようと体をばたつかせていた。

「何をやっている!」

 そこに人の声がして、男の動きがピタリと止まった。

「何をやっているんだ!」

 激しく詰問する声がして馬の足音がした。

「た、助けて!」

 現われた人物がどんな人かもわからない。もっと酷い人間かも知れない。けれどブリジッタは助けを求めて叫んだ。

「お前、強姦が罪だとわかってやっているのか」

 事態を瞬時に察したその人物が、馬から下りてこちらに向かってきて叫んだ。

「い、いやこれは、違う」
「何が違うんだ!」
「ひいいい」

 ブリジッタの上に跨がっていた男が、ドカンと蹴られて草地に転がった。
 重くのし掛っていた体が無くなり、ふっと軽くなる。

「大丈夫か?」

 そう言ってブリジッタを助けてくれたのが、医師のブリオール卿だった。
 


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