決別
「何てこと、こんなことになるなんて! ああ、明日からどんな顔をして出歩けばいいの。ただでさえ成り上がり者と誹られているのに、娘がこんなふしだらなことをしでかすなんて」
家に帰り着いた後、ブリジッタは何も言わず誰にも会わず、そのまま部屋に籠もった。
しかし昨夜のことを耳にした母が朝早く部屋に押しかけてきた。
そしてもう二時間近くも同じ事を繰り返し言い続けている。
その間、ブリジッタは自分の言い分をまったく口に挟む余裕がなかった。
「お母様は、私が自分からそんなことをする娘だと思っていらっしゃるの?」
ようやく母の猛攻撃が収まり、ブリジッタはそう言った。
「あなたがジルフリード以外の男性と二人きりになってふしだらなことをしていたことが問題なの。どちらが誘ったとかは関係ないわ」
「でも、私は・・」
「黙りなさい! せっかく上流階級と繋がれるというのに、そんな油断をしたあなたが悪いのよ」
母の言い分はブリジッタがつけいる隙を与えたからだということだった。
それを聞いてブリジッタはショックを受けた。
誰が夜会の帰りに玄関で襲われると思うのか。
なのに悪いのは彼女だと言うのか。
ブリジットの中で何かが壊れた。
「こちらが有利な条件なのに、これでは代わりにリリアンをと言い難くなったわ。あなたはとにかく、暫く家から一歩も出ないこと。わかったわね」
そして言いたいことだけ言って、母は部屋を出て行った。
ブリジッタはどうすればいいのかわからない。家族は誰もブリジッタに寄り添ってくれない。
ジルフリードに連絡を取ろうにも、噂だと彼はもう国境警備の任へ戻ったらしく、手紙を送ってもなしのつぶてだった。
それから三日経って、父と母に呼び出された。
「残念だが、お前とジルフリードの婚約は解消だ」
「ジルフリード様の意志ですか?」
「それはどうでもいいことだ。お前はもう汚点が付いた」
「汚点? 私は何も」
「お前は明日、王都を出てトリゲの修道院へ行くのだ」
「え、修道院!!トリゲ!?」
ブリジッタはショックを受け声を上げた。
自分は何も責められることはしていないのに、婚約解消だけでなく何故修道院へ送られなければならないのか。
しかもトリゲ修道院は体裁のためや、一時の避難場所などで身を寄せるような修道院でなく、神に人生を捧げた者が行く厳しい修道院で有名なところだった。
「なぜ、なぜ私が・・トリゲへなど」
「何も言わず黙って従え、それが不貞を働いたお前が選べるただひとつの道だ。お前がトリゲへ行くことで、ルクウェル家もそれで我が家への賠償はなしにしてくれると言っている。それに姉のお前が潔く身を引かねば、リリアンの嫁入りに支障が出るのだ」
「でも、私は何も・・」
「うるさい、とにかくお前は親の言うことに従えばいいのだ。つべこべ言わず支度をしろ」
ブリジッタは呆然として言葉も出なかった。
誰もブリジッタが潔白だと信じてくれない。それどころか黒と決めつけ追い払おうと言うのだ。
これが実の親なのか。
ブリジッタの中で何かが脆く壊れる気がした。
そしてまるで罪人のようにトリゲへ向かう馬車に乗せられた。
見送りもなく、付き人もいない寂しい道行き。
しかしブリジッタはトリゲに辿り着くことはなかった。
その途中で、彼女は還らぬ人となった。