ふしだらの烙印
何だか周りが騒がしい。誰かが何かを言っている。起きなければと思っているのに体が上手く動かない。
重い瞼をようやく開けると、誰かに抱きしめられていた。
「だ、誰?」
ぼんやりと目を凝らすが、暗くてよくわからない。
「きゃああああ」
その時、誰かの甲高い声が聞こえて、ブリジッタを抱いていた人物が彼女を離した。
「いたい!」
突き放されて硬い何かに肩がぶつかった。
そこに手を伸ばすと、なぜか肩が剥き出しになっていた。
「え?」
何があって自分はドレスを脱がされているのか。
「ブリジッタ、あなた何てことを」
そう叫んだのはジュリアーナだった。
「な、何を…とは?」
「とぼけないで、あなた今誰か男性と抱き合っていたでしょ!」
「そ、そんなこと…」
確かに誰かに抱かれていたが、誰かもわからないし、ブリジッタには少し前の記憶がない。その相手は悲鳴を聞いてどこかへ行ってしまってもういない。
何故か体がだるくて動きも緩慢になっている。
そこへ大勢の足音が近づいてきて、慌てて服を戻した。
「母上、どうされたのですか?」
「ジルフリード」
「ジルフリード様」
駆けつけてきたのはジルフリードとマリッサだけではなく、他にも何人かいた。
「私、具合が悪いと言っていたブリジッタの様子を見に来たのです。そうしたら、暗闇で男性と抱き合っている彼女が」
「なんですって!」
「そんな…ちが」
「私が嘘をついているとでも? 現にあなた、その乱れた格好…婚約者がいる身で他の男性と抱き合うなんて…」
「違います、わたしは…」
そんな筈はないと言いたいのに、頭の中は靄がかかっている感じで、うまく頭が働かない。
「母上の言うことは事実なのですか、ブリジッタ嬢」
「なんてこと、ジルフリードお兄様という方がいらっしゃるのに」
「そんな、私は、違います」
ただ、違うという言葉を繰り返すことしかできない。
「ブリジッタ、君は…」
「違います、ジルフリード様、わたしは…」
しかし、ブリジッタがいくら違うと必死で説明しても、皆の視線が彼女が有罪だと言っていた。
ジルフリードも母親の話を信じ、疑いの目を向けてくる。
「まあ、ヴェスタ家の…やはり下賤の者は…」
「生粋の貴族でないもの」
「まさか婚約者の一緒に来た夜会で?」
周りからそんな声が聞こえてくる。
何が起こったのか。
ブリジッタは必死で何があったか思い起こした。
「ジュリアーナ様のお考えはわかりましたが、おっしゃるように我が家は準男爵です。我が家からはこの婚約について申し上げることは身分上難しいかと思います」
「あら、あなた知らないの?」
「何をですか?」
「普通なら格下の家から破談の申し入れはできません。でも、我が家とあなたの家との話は、もともと先代様があなたのお祖父様に感じた恩義で申し出たものです。ですからそちらからの申し入れがあれば例外的に破談が可能なのです。逆に我が家からは出来ないことになっています」
「え、まさか・・そんな」
そんな話になっていたとはブリジッタは初めて聞いた。
「ジルフリード様は、このことを?」
「ええ、この前話しました。私たちもお義父様の話だけできちんと契約を確認していなかったのです。しかしこの前弁護士が来て、そのように申しておりましたの」
「私の両親もですか?」
「我が家から手紙を送りましたから、当然お読みになっているでしょうね」
両親も知っていた。そんな大事なことを当のブリジッタが知らされていなかったのだ。
「そういうわけだから、わかるわよね。あなたが何をすべきか」
「あの…私…気分が…失礼いたします」
「あらそう? 返事はなるべく早くね」
ふらふらと歩きながら玄関へ向かっていた。
玄関から馬車止まりまで行く途中で、誰かが繁みから出てきた。
憶えているのはそこまで。
なのに次に目が覚めたら、あの部屋にいた。