第15話 次の恋などあるのだろうか
あれからユラに連れ回される形で露店と店を巡った。その勢いにすっかり疲れてしまったのかヴィルスは早々に降参し、ラルフも疲労を見てせている。
なんとか説得して休憩することにした四人は近くのカフェへと向かうと、大通りで入ったところとは違って店内は人が多かった。
メニューを注文してテラス席へと腰を下ろすと、やっと休めるとヴィルスが背もたれに寄りかかる。そんな兄など気にせず、果実水を飲むユラは満足げだ。初めてきた城下町というのもあるのだろう、とても楽しそうだった。
「にしても、観光客なんているもんだねぇ」
ユラは「シェリル以外の人間結構見た」と呟く。確かに多いというほどではないにしろ、ちょこちょこ人間の姿があった。皆、身なりが整っていたのでそれなりの地位の人間だろう。
「何処の国の人だろ?」
「エイルーン国かライジュルジュ国だろう」
ユラの疑問に答えたのはラルフだった。フルムル国と隣接していて友好関係を築いている国で人間が多いのはその二カ国だという。そのどちらもフルムルへの共通通行証という身分証を発行しているため、上流階級の人間はよく訪れるのだとか。
「へー。どっちがフルムルと良い関係なんだろう?」
「どうだろうな。エイルーン国はフルムル国に多額の借金がある。ライジュルシュ国もフルムル国に借りがあるからな」
どちらが友好的と言えるかは微妙なところだろうというラルフの話にシェリルは目を瞬かせる。エイルーン国が借金を、しかも隣国のフルムル国にあることを知らなかった。
王子の婚約者として選ばれてそれなりに国の情勢を知っていたつもりだったけれど、隠された部分というのはあるのだなとシェリルは知る。
「その、借金とはかなりの?」
「まぁ、それなりだな。それでもやっと半分は返したんじゃなかったか」
それを聞いてシェリルは安堵する。返済はしていないとは思っていなかったが、言葉にして聞くと安心できた。
他にもエイルーン国から定期的に王への貢物が届くことや、ライジュルシュ国から支援の要請が来たりすることを教えてくれた。エイルーンの貢物は借金の返済を待ってもらう時になるとかなりの量になるのだという。
「ラルフさん、詳しいけどなんで?」
ユラは頼んだケーキを口に放った、それって国民全員が知っていることではない情報だよねと。そういえばそうだなとシェリルも思う、やけに詳しいのだ。王への貢物の話など口外されるようなことではないので、痛いところを突かれたように一瞬だけラルフは眉を寄せた。ヴィルスに至ってはお前と呆れた様子で、彼は何か知っているように見える。
「……知り合いに詳しいのがいる」
「それだけ~?」
「それだけだ」
それ以上はラルフも言わなくなり、ヴィルスにも嗜められたのでユラは納得はしていなかったけれどそれ以上は聞かなかった。シェリルも彼のことを疑っているわけではないので、口の軽い知り合いがいるのだなと思うことにする。
クレプのタルトを口に入れてもちもちとした果肉の食感にシェリルは頬を綻ばせる。そんな様子をラルフが優しいげに眺めていたのを見てユラが少し悪い顔をする。
「ねぇねぇ、シェリルはさー。好きな人とかいたの?」
「え? あぁ……まぁ……」
マーカスのことを思い出してシェリルは苦い表情を見せる。好きになった、なろうとした相手というのは彼しかいない。今にしてみればひと時でも好きでいたのが馬鹿らしくなる。
「どんな人?」
ユラは興味津々といったふうに前のめりになる。それほど気になることでもないのだがとシェリルは眉を下げながらも答えた。
「自分勝手でプライドの高い男性だったわね」
「え、それひどくない?」
「えぇ。今にしてみればどうして好きになろうと思ったのか分からないわ」
婚約者として選ばれた。王子の妻だ、ならば彼を愛して傍で支えていこう。彼もきっと愛してくれるとそんなふうに思っていた。
マーカスだって最初は優しく接してくれていた、婚約者として傍にいてくれたのだ。好きでいてくれていると、そう感じてしまうのは仕方のないことだった。だって、それほどまでに彼の言葉は温かかったのだ。
けれど、マーカスは自分勝手な人間だった。他の女に惚れて、彼女を手にするために婚約者を悪役に仕立てるほどに。
「ほんと、私って馬鹿だわ」
ひと時でも愛されていると思った自分が馬鹿だった。吐き出すように言われたその言葉にユラは触れてはいけないことだと気づいたらしい。ヴィルスはちらりとラルフを見遣ると彼は黙ってシェリルを見つめていた。
「まーほら! 次があるって! ね!」
どうにか空気を変えようとユラが明るく声を上げる、まだ若いのだから次はあると。
「あるかしら?」
「あるある! そんな人間やめて正解だよ! 次はウルフス族とかどう?」
「そんな機会があるなら、いいかもしれないわ」
ユラの言葉にシェリルは微笑む。国から逃亡して暫く経つが何の音沙汰もなく、もしかしたら諦められてたのかもしれないなどと最近は思いだした。あるいはまだ見つかっていないだけかもしれないが、それでもそう思っている方が心は楽だった。
もし、誰かとまた恋をすることができるのならば、今度は人間ではなく半獣人のウルフス族もいいかもしれない。
(また恋などできるのだろうか)
こんな隠し事を持つ女を愛してくれる存在などいるのだろうか。少しだけ目を伏せてからシェリルは「恋してみたいわね」と微笑んだ。