第14話 城下を巡る
朝方、シェリルが馬の餌を与えて掃除を終えた頃だ。天気も良くて洗濯物がすぐに乾きそうな晴天の日、桶を置いてシーツや衣服を洗おうと準備をしていた。桶に水を溜めてからさぁ、やるぞと洗濯物を掴んだ時にそれそれは元気な声が響いたのだ。
「シェリルー!」
元気よく名前を呼ばれた、それはもう元気に大きな声で。なんだろうかと玄関の方へと向かえばユラとヴィルスがいた。その側いは二頭の馬が待機しているので何処かへ出掛けるのだろう。
「ラルフさんに用事が?」
「いや、実は……ちょっと城下に買い出しがあってな」
ヴィルスはそう言って話し始める。買出しというのは集落に常備していた薬を買いに行くというものだ。それだけなのでヴィルス一人で行こうとしていたのだが、ユラがどうしても行きたいのだと駄々をこねたのだという。
あんまりにもしつこいので勝手な行動をしないという条件で連れていくことにしたのだが、ユラが「シェリルも誘いたい!」とまた言い出したのだ。ラルフも一緒なら大丈夫だろうという話を聞いてシェリルは二人の邪魔をするのではないだろうかと不安になる。
「私、邪魔になりません?」
なので、素直に聞いてみるとユラに「そんなことはないよ!」と首を左右に振って返される。
「大丈夫だよー! 一緒に行こうよ!」
「何が大丈夫だ……」
「あ、ラルフさん」
寝起きの様子なラルフが少しばかり不機嫌そうに玄関の扉を開けてユラを見ていた。どうやら彼女の元気良い声に起こされたらしく、ヴィルスに寝起きが悪いなと笑われていた。
軽く訳を話すとラルフははお前が原因かとユラを見遣る。確かに寝起きは最悪のようだ、少しばかり声が低い。それでもユラは気にしていないのか、「いいじゃん!」と言った。
「ラルフさんだってシェリルとデートしたいでしょ!」
「…………」
今、なんと言っただろうかとシェリルはユラを見るが彼女はその視線に気づいていない。こそこそとラルフに何か話をしている。
みんなで行くのだからデートではない気がするのだがと思いながら、二人の様子をシェリルは不思議そうに眺めていた。
「……わかった」
「よっしゃ!」
ユラの勢いに負けたのか、ラルフは小さく息をついて了承した。準備をしてくるから待っていろと彼は部屋の奥へと入っていく。私も行っていいということだよなとシェリルは思って出かける準備をすることにした。
*
城下へつくとヴィルスは市場とは正反対の場所へと向かった。そこは花屋や薬屋などがある通り道で、人通りはそれほど多くはないが見晴らしはとてもよかった。通りに入ってすぐ手前の一軒の店にヴィルスは入っていく。
外観はシンプルな煉瓦の建物で小さな看板が立っている。ラルフは外套で口元を隠しながら店へと入っていくのでシェリルもついていくと、店内はつんとする薬草の独特な匂いが室内を包んでいた。棚には瓶や薬草が包まれて置かれているのでいろんな匂いが混ざっているようだ。それ以外は特に目立つものもなくて、内装自体はとても綺麗だ。
「あららら、お久しぶりねぇ」
店主だろう白金の長い髪のウルフス族の女が薬草片手に出てきた。ヴィルスは定期的にやってくる客なので覚えているようで、「今日は人数が多いねぇ」と三人に微笑みかける。「ちょっとした連れだ」とヴィルスが答えれば、「そうやの」と女は口元に手を添えた。
「おや、人間やないの」
「あぁ、彼女はこいつの同伴者なんだ」
シェリルのことを聞かれてヴィルスがラルフを指して答えれば、あぁと納得したように頷いた。「うちの店に来る人間は珍しいから」と店主は話す。
「人間はうちのところじゃなくて花咲の方の薬屋に行くさかい。ごめんなさいねぇ」
「気にしていませんので」
「それにしても可愛らしいわぁ」
目を細めてシェリルを見つめていた店主はあぁと、思い出したようにヴィルスを見た。
「ごめんなさいねぇ。ほんで、今日は?」
「すまないが解熱薬と傷薬をお願いしたい」
「あぁ、常備できるやつやね。いいよ、丁度在庫があるからすぐに用意するわぁ」
注文を聞いた店主はにこにこと笑みを浮かべながら、手に持っていた薬草を棚に仕舞って店の奥へと入っていった。
「なんか臭い~」
「薬草の匂いだ、我慢しろ」
ユラは鼻を押さえていた。人間でも少しきついなと思う匂いなので、鼻が敏感だと聞く半獣人の彼らにはさらにきついのではないだろうか。ちらりとラルフを見るが彼はいたって平気そうだった。
「あったわよ~。はい、これね」
それほどせずに店主は袋を持ってやってきた。「これでいいわね?」と袋を渡されたヴィルスは確認して頷き、お金を払えば店主はおおきにと笑みを見せる。
「いつも助かる」
「いいのよぉ。こっちもお客さん来てくれるのはうれしぃからねぇ」
いつでも来てちょうだいなと店主はにこにことしながら話す。要件はそれだけなのでそのまま店を出れば、「また来てねぇ」と店主は手を振りながら四人を見送った。
用はこれで終わりなのだがユラはそれだけでは満足しない。「いろいろ見て回りたい!」と声を上げる。これは予想していたらしく、ヴィルスは表通りならいいだろうと条件をつけた。
表通りと首を傾げるシェリルにラルフが説明する。大通りとはまた違う通りだと。表通りには酒場が無く、パン屋などの食料品を売っている店やアクセサリーや服などを売っている店もある。簡単にいえば、観光ルートだ。
観光に来た者たちがそこだけで楽しめるという観光地区で、そこならば問題も起きないだろうとヴィルスは考えたようだ。その条件にユラは妥協したようで彼の腕を掴んでさっさと行こうと引っ張った。
慌てなくてもここからすぐだとヴィルスが困っている姿に二人に仲が良いなとシェリルは感じる。
「俺たちも行くぞ」
二人の様子を眺めているとラルフが手を差し伸べてきて、シェリルは信用ないなぁと苦笑しながらも彼の手を取った。
手を引かれながら真っ直ぐ進んでいくと広い通りに出る。大通りとは違って、煉瓦の建物が綺麗に立ち並び、所々には花が植えられていた。露店も出ていて賑わっているので人通りは多く、観光客らしい親子連れや、人間の姿もちらほらいる。
「観光に来た人間は此処を訪れる」
ラルフはシェリルの疑問に気づいてか教えてくれた。観光客が裏通りや大通りなどに入り込むこともあるが大抵は此処で全部済んでしまうらしく、宿も表通りに存在するのだという。
観光に来る殆どの人間は金を持った裕福層だという話を聞きながらシェリルは周囲を見渡していた。もし、自分のことを知っている人間がいたらどうしようかと思って。
そう考えてしまうと怖くなってしまい、そろりとラルフの後ろに隠れる。彼はその様子を見て特に何か言うことはないけれど手を握る力を少し強めてくれた。
ユラに「こっち行こー!」と呼ばれて二人は彼女の後をついていく。そこは露店が立ち並ぶエリアでお菓子やアクセサリーなどが売られている。
露店を眺めながら歩いていればユラがあっと声を上げて、えいっとシェリルの頭に何かをかぶせてきた。なんだと驚くとユラが鏡を見せてきて見遣れば、頭にはかぶせられたのは狼の耳を模したものが付いているカチューシャだった。
よくできたそれにシェリルは目を瞬かせるとユラが笑う。
「人間の子供向けのお土産だって。ウルフス族になりきるみたいなやつー」
「へぇ……。で、なぜ私に?」
「いや、似合うかなぁって」
丁度似たような髪色の耳だったからとユラは言う。確かにミルクティ色に似ているけれど、これは私に似合っているのだろうかと、鏡を見てみるがよくわからなかった。
ちらりとラルフの方を向くと彼がそっぽを向いて何か堪えている様子だった。外套で口元を隠しているというのに手で押さえていて、瞬時に笑いを堪えているなと察した。
「なんですか、ラルフさん。似合ってませんか!」
「いや、そうじゃない。その、だな……」
「想像以上に似合ってるんだよなぁ」
ほそりとヴィルスが呟くとそれにラルフが反応して咳き込んだ。ぎろりと見遣る彼にヴィルスは笑うだけで、そんな二人の様子にシェリルはこれは似合っているのかとまた鏡を見る。
鏡を見るけれどやはりいまいちよく分からなかった。獣耳が生えていることに慣れていないからなのか、少しばかり違和感があったのだ。
「お客さん、思った以上に可愛らしくなってますよ」
様子を見ていた露店の店主が微笑んだ。ユラも「似合ってるよー」というものだから、悪くないのかもしれない。自分に獣耳がついているのなら、こんな感じなのかなとシェリルは思うことにした。
「これ、面白いから買おうよ」
「え、いや、でも……」
買ってもずっとつけるわけにもいかないしなとシェリルは言うのだが、いつの間にかラルフが購入していた。
シェリルが「なぜ!」と思わず声を上げれば、「店前でそこまでしたのだから買わないのは失礼だろ」とラルフに言われてしまい納得する。このまま買わないのはただの冷やかしで、それは相手に迷惑をかけてしまう。
買ってしまったものは仕方ない、お土産ということでもらっておこう。そう思ってシェリルがカチューシャを取ろうとした手をユラに止められた。
「ユラさん?」
「これをこうしてこうすると……」
突然、カチューシャをいじったかと思うと髪の毛を整えられる。よしっとユラが言うので何があったのだろうかと思っていると鏡を見せてきた。
まるで自分に獣耳が生えているようだった。カチューシャの位置をずらしてから、髪の毛で人間の耳を隠す。そうやって固定すると側から見れば人間っぽくはない。
「これなら人間だからって絡まれないで済むんじゃない?」
表通りとはいえ、絡んでこないとは限らないというユラの提案にこれは便利だなとシェリルは頷いた。