第13話 ふわふわもこもこには敵わない
森の側にある集落にシェリルはいた。ラルフが用があるといい着いてくるかと聞かれたので、じゃあとお言葉に甘えたのだ。ユラの様子も気になっていたので行ってみると彼女は元気そうにしていて、リンバとはうまくやっていけているらしい。
広場のベンチでユラと城下の町へ行ったことなどを話すと彼女にそういえばと問われる。
「シェリルはラルフさんとどう?」
「どうって、良くしてもらっているわ」
身も知らない人間を雇ってくれて、気分転換に城下まで連れて行ってくれるのだからよくしてもらっていないわけがない。食事と寝床を与えてもらっているだけでも感謝しているというのにだ。そう答えるとユラに「そうじゃなくてぇ」と返えされて、シェリルは何が他にあるのだろうかと首を傾げる。
「ほら、好きだなーとかさ!」
「嫌いじゃないわよ?」
「あー、うん。だめだこれ」
シェリルの反応にユラは諦めたように息をつく。一体何が言いたいのだろうかと彼女の態度に納得いかないように眉を寄せると、また溜息を吐かれてしまった。
「ラルフさん、苦労しそう……」
「どうしたの、ユラさん」
「なーんでもないよ! 城下に行ったのかーいいなー。ワタシも行きたいんだよなぁ」
買い出しには男中心で女は決められた人だけだとされている。だから、自分はまだいけないのだとユラは残念そうに話す。若い女だけでは危ないと心配されているようだった。
ユラは黒い獣耳をピクピク動かしながら「行きたいなー」と愚痴る。その耳の動きにシェリルは触ってみたい欲が出てしまう、彼女の獣耳はどんな毛感触なのだろうかと。見た感じではもこもことはしていないので触り心地が気になった。
じぃっと獣耳を見つめるシェリルに気付いてか、ユラが「何?」と不思議そうにする。
「どうしたの、シェリル」
「その、耳なんですけど……」
「これ? あ、もしかして触りたいとか?」
「だ、だめかしら?」
ユラは「人間って獣耳が気になるって聞いたことあるけど本当だったんだ」とおかしそうに口元を上げる。そういう噂というのはウルフス族内では有名なようだ。
うっとシェリルは声を溢す、自分が失礼なことを頼んでいる気はしなくもなかったのだ。それでも「いいよー」とユラは頭を傾けくれて、シェリルはぱっと表情を明るくさせながら彼女の獣耳に触れた。
さらさらとした毛艶の良さにラルフとはまた違った手触りだった。触り心地は良くてふわふわもこもこではないがこれはこれで良いなとふにふに触る。
ユラはくすぐったそうに獣耳をぴくぴくさせているので、他人に触られるのは慣れていないようだった。
「何やってんだ?」
丁度、広場を通ってきたヴィルスが気付いたようで近寄ってきて、二人の様子に彼は首を傾げている。ユラは「獣耳を触らせてあげているの」と訳を話した。
「シェリルが獣耳気になるらしくって」
「あー、人間は気になるらしいな。お兄さんのも触ってみるか?」
そう言ってヴィルスが自身の獣耳を指さしたのでシェリルは目を輝かせる。
「いいんですか!」
いいぞとヴィルスはにかっと笑みを見せてからしゃがみこんだ。こんなに獣耳を触れる機会がやってくるとはとシェリルは心を躍らせる。
ユラの獣耳から手を離してヴィルスの耳へと触れる。彼は毛がボワッとしており、少し硬かった。毛艶が悪いわけではなくこういう毛質なのだろうが、触り心地は悪くなくてこれもまた良いなと堪能する。
ラルフを合わせて三人の獣耳を触らせてもらったが、毛感触って個人差があるんだなとシェリルは知った。三人とも気軽に触らせてくれるけれど大丈夫なのだろうかと少しばかり心配になる、痛かったりするだろうかと。
「触られても大丈夫なものなんですか?」
「別に平気だな。尻尾は嫌だが、耳なら別に」
聞いてみるとヴィルスが教えてくれた。尻尾は敏感なため触られたり引っ張られたりすると痛むこともあるのだと言われてなるほどとシェリルは頷いた。尻尾を触るのはいけないのだなと気をつけておこうと、シェリルはふにふにと獣耳を触りながら思う。
そうやって触っているとラルフがやってきた。おいと少し低めの声がしたので顔を上げると彼の眉間に皺が寄っていて不機嫌そうな表情に思わずシェリルは目を丸くさせた。
「何やっている」
「え、ヴィルスさんの獣耳を触らせてもらっていて……」
それを聞いたラルフはヴィルスを見た。その視線にヴィルスはなんだなんだと悪い顔をしている。そんな彼を放ってラルフはシェリルを立たせて、ぐいっと引っ張られたものだから手は獣耳から離れてしまう。強引な行動にシェリルはどうしたのだろうかと少し慌てる。
「どうしたのですか、ラルフさん」
「俺の耳では満足できないか」
むすっとした表情にシェリルは目を瞬かせる。別にラルフの獣耳が不満なわけではなくてただ、他のウルフス族の触り心地が気になっただけだ。そう話すのだがラルフは眉を寄せたままで納得していない様子だった。
どうしてそこまで不機嫌になってしまうのだろうかとシェリルには分からず、頭を悩ませる。
「あのー、ラルフさん?」
「どうしたー、ラルフ。嫉妬か?」
「ヴィルス」
ぎろりとラルフが見遣ればヴィルスは「こえー」と、そんなこと思っていもいないのに言いながら腕を抱いた。ユラに至っては様子を眺めながらにやにやとしている。
二人は分かっているような態度だったのでシェリルはますます不思議に思う。そんな彼女にユラは「大丈夫、大丈夫」と笑いかけた。
「ラルフさんは怒っているわけじゃないからー」
「そうなの?」
「そうそう。で、その様子だとシェリルはラルフさんの耳も触ったの?」
「えぇ、触らせてもらいましたけど……」
シェリルの返事にユラはにやりと口角を上げて、その何か企んでいるような表情にラルフがまた眉を寄せた。
「じゃあ、ワタシとお兄とラルフさん。どっちがよかった?」
それはそれは楽しそうな笑みを浮かべながらユラに問われてシェリルは固まった。
ユラのさらさらした毛感触も捨てがたいし、ヴィルスのボワッとして少し硬い毛質も悪くない。しかし、ふわふわもこもこのラルフの耳だって最高なのだ。選べというのか、それをとシェリルは悩む。
三人とも興味津々と知ったふうに見てくるので決めなくてはいけない雰囲気だ。少しの間、シェリルは考えてから答えを出した。
「三人とも好きですけど、ラルフさんのふわふわもこもこが最高です」
やはり、ふわふわもこもこには敵わなかった。ふわもこは強すぎる、あの触り心地というのは言葉で表し難く、それでもクセになるぐらいには良いのだ。シェリルの回答にユラは「自信あったんだけどなー」と残念そうにしていた。ヴィルスも「おれの毛質は硬いからな」と笑っている。
ラルフはというとそれを聞いて表情を変えた。寄せていた眉は元に戻っていて、どことなく機嫌が良くなっているような気がした。そんな様子にユラとヴィルスが笑いを堪えるように口元に手を押さえている。
「わかりやす」
「だな」
「何がです?」
「いや、シェリルちゃん」
「ヴィルス」
またぎろりと見られてヴィルスは「はーい、お兄さん黙りまーす」と黙ってしまった。なんだったのだろうか、気になるなと思っていればユラから「気にしない気にしない」と肩を叩かれる。
シェリルが悪いわけではないからと聞いてそうなのだろうかと思いつつも、ラルフが頷くものだからそれ以上は深く聞くことはしなかった。