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(9)ブラコン王子の悩み

「本当に、勘弁してくれ。どうして兄上から、恋敵扱いをされないといけないんだ……」
「でも、それであっさり諦めてくれたのですから、結果的には良かったのではありませんか?」
「全然良くない! メリア、アスラン兄上のどこが不満だ!? 加護持ちではないがれっきとしたこの国の第一王子で、容姿端麗で武芸に秀でた軍内部の信頼も厚い、年もメリアと二歳差でちょうど良いじゃないか!」
 全力で異母兄を推してくるカイルを見て、メリアはどこか遠い目をしながら、思ったことを口にする。

「カイル様って……。子供の頃、初めてお会いした時から、異母兄なのにアスラン殿下大好きっ子でしたねぇ……」
「話を逸らすな!」
「逸らしていません。加護無しの側妃腹の王子で近々臣籍降下されるのが既定路線だとしても、将来有望なアスラン殿下には縁談が殺到している筈ですよ。どうして平民の私なんか、相手にするんですか。酔狂にも程があります」
「平民とはいっても! メリアは元々、王族に連なる公爵家の!」
「カイル様、そこまでにしてください。さっきから五月蠅いですよ?」
 ここで冷え切った新たな声が割り込み、カイルは慌てて声のした方に向き直った。

「あ、ああ。すまない、シーラ。あ、そうだ! 一つ頼まれてくれないか!?」
「はい、どんなお仕事でしょう?」
「アスラン兄上がメリアに求婚した記憶を、密かに消して欲しいんだ! そうすれば兄上に変な誤解をされなくて済むし、気まずい思いをしなくても良くなるだろう?」
 メリアと同様、宰相からの推薦でカイル付きの侍女になったシーラは、例によって例の如く、大神殿で判定を受けていない加護持ちだった。敬愛する異母兄から恋敵扱いされているという事実に激しく動揺していたカイルは、シーラが保持している《他人の記憶や意識を操作できる加護》を使って、事態の打開を試みようとする。しかしその超短絡的な提案は、当のシーラによって一刀両断された。

「それくらい、してみても構いませんが……」
「やってくれるか!」
「そしてアスラン殿下はメリアに再度求婚して、再度振られるわけですか……。カイル殿下、意外と血も涙もなかったんですね」
「……え?」
 ニヤリと嫌らしく笑われながらの台詞に、カイルの顔が盛大に引き攣った。しかしシーラは容赦なく、主人であるはずのカイルを追い詰める。

「それとも? そもそもアスラン殿下がメリアの事を好きっていう感情自体を、消してしまいます? でも一部の記憶を消したり差し替えるならともかく、そんな事はやったことが無いので、生まれてからの記憶とか感情を丸ごと消してしまいそうですけど。そうなればその人の人生まで、丸ごと破壊してしまいそうですよね。第一、他人の人生をどうこうできる権利なんて、誰にもないと思いますが。殿下はそこら辺を、どうお考えですか?」
「…………」
 色々な精神的ダメージが続いたことで、カイルはとうとう崩れ落ちるように床に膝をつき、両手を床について項垂れた。それを見て流石に気の毒になったリーンが、同僚を嗜める。

「シーラ、あまり殿下をいじめるな。やり過ぎだぞ」
「分かっているわよ。殿下、宰相閣下からのご連絡です。なるべく早く内容をご確認ください」
「……分かった」
 遠慮もなにもない風情で、シーラが預かっていた封書をカイルに差し出す。それを受け取った彼は、ゆっくり立ち上がりながら三人に断りを入れた。

「書斎で確認するから、ちょっと一人にしてくれ」
「それでは失礼します」
 ここでカイル以外の三人は一礼して廊下に出たが、歩き出した途端、シーラがメリアに絡んだ。

「ちょっと、メリア! いつの間にアスラン殿下から求婚されてたのよ!? それに、なんでこんな面白い事を、今まで黙っていたの!」
 掴まれた腕を乱暴に振り払いながら、メリアは素っ気なく応じる。

「あなたの耳に入ったら絶対に面白がって、騒ぎ立てると思ったからよ」
「だってあんな好条件のいい男、どうして断ったのよ。勿体ない」
「そう思うなら、シーラが突撃してみたら? 案外、上手くいくかもよ?」
 売り言葉に買い言葉で、メリアは声に皮肉を込めて言い返した。しかし次の瞬間、再び強く腕を掴まれたと思ったら、シーラが凄みを増した表情で恫喝してくる。

「あんた……、今のそれ、本気で言ってるわけではないわよね? アスラン殿下はどうでもよい女に声をかける類の奴じゃないことくらい、知っていると思っていたけど?」
「…………」
 メリアは反射的に、彼女の視線から目を逸らしながら口を閉ざした。すると呆れ気味の声が至近距離から発せられる。

「お二人さん。ここに部外者が一人いるんだけど、廊下を塞いで揉めるのは止めて貰えないかな?」
 確かにリーンの行く手を遮る形で立ち止まっているのに気がついた彼女達は、瞬時にいつもの表情を取り戻し、再び歩き始めた。

「はぁい。あ~あ、どこかの頑固者のせいで、どこぞのブラコン王子様はしばらく頭を抱える事になりそうね。本当に面白そう」
「安心して。すぐにシーナの気をもっと引く、別のネタが転がってくるから」
「そうかしらね~? それなら良いんだけど」
 彼女達のいつものやり取りを聞きながら、リーンは思わぬ事から余計な気苦労を背負い込む羽目になった主君に、密かに同情していた。

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