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(8)とんでもない誤解

「カイル。俺から見て、お前は俺達兄弟の中で、一番の努力家で才能があると思っている」
「ええと……、武術や統率力は人望は、間違いなく兄上の方が勝っていると思いますが」
「今の時点ではそうかもしれないが、全体的にバランスが取れている、優れた統治者としての才能があると言う意味だ」
「アスラン兄上。こんな所で、いきなり何を言い出すんですか」
 自分達を目の敵にしている者達の耳に入ったら、確実に一悶着ありそうな内容に、カイルは顔色を変えて周囲を見回した。しかしアスランは、全く動じないまま話を続ける。

「だから彼女がお前に心酔しているのは分かるし、お前を支える為に一生を捧げたいという気持ちは理解できた。寧ろ、彼女の相手がカインで良かった。納得して諦められる。他の奴だったら、迷わず決闘していたところだ」
 ここでカイルは、目の前の異母兄が、何やら変な誤解をしている可能性に思い至った。

「あの……、ちょっと待ってください」
「俺の事は、気にしなくて良い。彼女の事を幸せにしてやってくれ」
 ここでどう考えても、とんでもない誤解が生じているのを確信したカイルは、激しく狼狽した。

「はぁ!? いえ、ですから兄上! なにやら著しい誤解が生じているように思われるのですが!?」
 慌てて誤解を正そうとしたカイルだったが、これまで気を利かせて距離を取っていたアスランの部下が歩み寄り、恐縮気味に声をかけてくる。

「アスラン様、カイル様。申し訳ありませんが、そろそろ謁見の間に移動して陛下にご報告をする時刻です」
「ああ、今行く。それではカイル。またな」
「あ、ええと……、はい。お時間のある時に、ご招待させてください……」
 とても引き留められなかったカイルは、まだかなり動揺しながらも別れの挨拶を済ませた。そして遠ざかるアスランの背中を見送ってから、傍にいたリーンを振り返って尋ねる。

「リーン……、今の、どういう意味だと思う?」
 掠れ気味の声で問われた彼は肩を竦めつつ、主君にあっさり言葉を返した。

「どうもこうも……。そういう意味なんじゃないでしょうかねぇ……。しかしメリアも水臭いな。こんな面白い話を黙っているなんて」
「御託は良い、急いで部屋に戻るぞ!」
 そこでカイルは事の仔細を確認するべく、血相を変えて駆け出した。




「メリアァァァッ!」
「カイル様、お帰りなさいませ。ですが些か、騒々しいですよ?」
 派遣軍の出迎えから戻ったと思ったら、ドアを開け放つなり大声で自分の名前を叫んだ年下の主人に対し、メリアは呆れ気味に注意した。するとカイルの後ろから室内に入ってきたリーンが、不思議そうに尋ねてくる。

「殿下が騒ぎたくもなるさ。お前、アスラン殿下と何かあったのか? 察するに、今度の遠征に向かう直前とか」
 そう問われたメリアは一瞬怪訝な表情になってから、小さく呟く。

「ああ………、もしかして、あれの事でしょうか?」
「一体、何があった!?」
「一応、プライベートですが?」
「一理あるが、カイル様のプライベートにも、若干関係あるみたいだからな」
「言われてみれば、確かにそうですね」
 リーンの言い分に納得したメリアは、端的に事情を説明した。

「今回の遠征に出られる少し前に、アスラン殿下から求婚されました。ですが『誰とも結婚するつもりは無い』と言って、丁重にお断りしました」
「やっぱりそうか……」
「でもそれって、半年近く前の話ですけど。どうして今更、蒸し返されるんですか?」
 がっくり項垂れたカイルを見て、メリアが不思議そうに問いを発する。まだダメージが大きい主の代わりに、リーンがその質問に答えた。

「メリア。『丁重に』と言うからには、その一言だけで済ませたわけじゃないよな? 『カイル殿下の側から離れたくない』とか、『カイル殿下を尊敬している』とか、『カイル殿下の能力を一番知っているのは自分だ』とか、絶対に色々言ったよな?」
「それはまあ、確かに色々と言ったわよ? だって仮にも王子殿下からの申し出を、あっさりぶった切るわけにはいかないもの。最大限に気を遣って、言葉を尽くしたわよ。それがどうかしたの?」
「最大限に気を遣ったのは本来なら良かったはずだが、どうも言葉を選んで使い過ぎたせいで、アスラン殿下は変な方向に誤解したらしいぞ? お前の想い人がカイル殿下だと勘違いして、潔く身を引く決意をしたらしい」
 それを聞いたメリアは両目を限界近くまで見開き、絶句した。そして頬に手を当てながら、自問自答するように呟く。

「…………あら、まあ。私、殿下より六歳年上ですけど。巷では、年上妻が流行っているんでしょうか?」
「メリア! 他に言う事はないのか!?」
「いえ、さすがにちょっと驚きました。私、そんな面白い誤解をするような物言いをしたかしら?」
 本気で困惑しながら、メリアが過去の自分の言動を思い返す。その目の前で、カイルが頭を抱えて呻いた。





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