45.助太刀をしてくれる女、蹂躙される者
ま、マジかぁ~ッ!!
俺は今、
考えてみれば、体を取り替えて長生きしている人間に出会うわ、合わせ鏡の世界へと足を踏み入れるわ、妖怪に出くわすわで、ここ最近驚く事ばかりが続き過ぎて、もう何が起きても驚かないと思ったけれど、まさか神様とお話しする事になるとは・・・。
世の中、まだまだ驚きは止みそうに無い。
「神様とは、随分と盛ったものだねぇ」「しっ!聞こえるよっ」
頭を下げたまま、狐たちが小声で話しているのが耳に入った。
”盛った”?この宇迦と名乗る者は、神様じゃない??のか?
「さてさて、頼みがあるというのなら聞いてやるぞ。人間」
下駄の音が止まったかと思えば、目の前に立つのは、色素を持たない銀色のロングの髪に、ルビーの如き赤き瞳。
おや!?
「追風先生!?どうして、こちらの世界にいるんです?」
「ほほう、貴様が最も心奪われる者は、その追風なる女性か。やはりなフムフム」
追風・静夜が今さらながら観察するように自分を観ている。何なんだ?このやり取りは。
「その?何だ、その妙な言い回しは?それにアンタ、追風先生じゃないな?」
自らの姿を、まるで他人のもののように告げる人物に不信感を抱いた。
「左様じゃ。我は
小声で話そうが、宇迦には全てお見通しだったようで、狐たちは観念して地にひれ伏している。
では、彼女は何者?己が正体を語るのか?
黙って様子を見る。
「して、神様でもない者が神様の名を語るとは不届き千万と言いたげな顔をしておるな。それとも、さっさと本題に入れと言いたいのかな?」
この宇迦なる人物、相当暇を持て余しているようで、なかなか本題に入ってくれない。
「我の正体は、この者達と同じ狐よ。ただし妲己めが千年、我は2千年生き長らえておる。よって、我が神様を名乗ったところで何ら支障はあるまい」
千年だか2千年だか、この際目くそ鼻くその話でしかない。
世間話はこの辺りでお開きとして本題に入ってくれないか。
「では、何故、我が貴様の想い人の姿をしているのか?それはの―」
気にはなるけど、その話は今、優先するほど関心がある訳ではない。
「まあ一種の防御手段といったところかな。どのような人でなしろくでなしであろうとも、その者が最も愛おしいと想う者を自らの手に掛けるマネはなしないだろうと、相手の心を読み取り姿を模しておるのじゃ」
なるほど最も効果的な防御手段ではある
しかし、現代のストーカー犯罪の果てに引き起こされている殺人事件では、最も愛おしいと想う者を他者に奪われたくないが為に自ら手を掛けているケースが多々ある。
効果的ではあるけれど、完璧とは言い切れない。
すると、突然、宇迦は遠くを見つめて、「小鬼退治か・・・」気だるそうにため息交じりに呟いた。
やる気の無さが目に見えて判る。
こちらとしては、別にイヤならイヤでも構わない。
妲己が留守中で、彼女もやる気が無ければ、また別の方法を考えるだけ。
遠路はるばる二条城から伏見稲荷まで自転車を回してきたけど、帰りに他の手を考えながら走るには時間は余る程にある。
「まぁ、せっかくこの地まで足を運んで来てくれた事だし、何よりも、想い人に頼み事を断られるのは、告って撃沈したイタい思い出をリプレイさせるようで、こちらとしても見ていて心苦しいしな」
「い、いや、俺は別に追風先生に告白した事も無いし、それ以前に彼女に惚れてもいないのだが」
本人が乗り気で無いのは丸分かりだ。
「まあ、良いだろう。小鬼退治に協力してやる。に、しても道中が長いな・・・」
妖怪でも遠出は疲れるのかな?
取り敢えずは。
仕方なく協力してくれるのは、とても申し訳なくて、加えて有り難いのだが、どうも理由付けが無理矢理過ぎて、感謝の気持ちが今ひとつ沸き起こらない。
二条城では、急に夜になったり西から太陽が昇ってくる事に慣れないレインがイライラを募らせていた。
「ったく・・・、何よ、この世界。いつ寝たら良いのか?サッパリ判らないじゃないの」
「おおよそ6時間で一日が過ぎているようです。マスター」
ニオブのナンブが換算して伝えてくれた。
「け、結構忙しいのね・・・こちらの世界」
告げながら河童たちを眺める。
のんびり屋な彼らを見ていると、それほど忙しくも無いようだ。
ふと、遠くからクラクションの音が聞こえてきた。
御池通りから堀川通りを右折してくる京都市バスが目に入った。
「あら?こちらの世界でも、ちゃんと路線バスが走っているじゃない」
まる一日過ぎて始めて目にする自動車が市バスだったとは。
それ以前に警戒すべきは、あのバスを”誰が運転”しているか?だ。
バスが二条城の駐車場へと入ってくる。
そこで、ようやく運転手の顔を拝めそうだ。
市バスでありながら、二条城の東大手門前に横付け停車した。
!?運転手がいない!?
ついでに行き先表示は『京都駅行き』となっている。進路が逆じゃないのか?
懐疑的な眼差しで観察する中、プシューと音を立ててバスの下車口が開いた。
「よお、待たせたな」
下りてきたのは田中・昌樹と!?、!?え!?
ニオブの顔も自分とバスから降りてきた人物とを行き来している。
「わ、私が何故!?」
バスから降りてきたのは、何と、自分自身だった!?