44.妖怪に絡まれる男。妖怪を従える女。
昌樹が鳥居をくぐると、あたりは一変して暗闇に包まれた。
身の危機を察し、咄嗟に取り出したカーボン製警棒を手に身構える。
すると。
「ちょーと、警戒し過ぎだって。おじさん」
おじさん?
子供の声に、辺りを見回す。
ここは鏡の世界、先ほどから人の気配は一切ない。
加えて怪しい姿をしたものは何処にも見当たらない。
「夜になっただけだよ。まぁ、こっちの夜は急に来るからビックリするのも分かるけどさ」
さっきとは違う子供の声!?
声はすれど、周囲を警戒していても声の主を捉える事ができない。
アフロの生え際から汗が一筋流れ落ちる。
最も危惧していた事態に陥った。
一方的にこちらの姿を確認されてしまっている。
周囲が広過ぎて相手がどこにいるのか?サッパリ分からない。
「落ち着かないようだけど、そのまま聞いてくれている方がコチラとしては何かと都合が良いから続けるね」
最初に話しかけてきた声が、また話しかけてきた。
声は続ける。
「おじさん、どうやってこっちの世界に来たのか知らないけど、僕たちに何か用?」
僕たち?
やはり姿を見せていないが、相手は二人いる。
「ああ、君たちに是非とも聞きたい事があってね。だから姿を見せてくれないか」
やり合うにしても、相手の姿が見えなければハナシにならない。
すると桜門前の鍵を加えて駒狐が動き出したかと思えば、玉を加えた狐と稲穂を加えた狐に巻物を加えた狐も現れた。
(ウソだろ・・・!?4匹もいやがった)
驚く中、すっかり取り囲まれてしまった!
「へぇー、珍しいね。こっちの世界に人間だって」
「さぁて、どんな味がするんだろうね」
やはり彼らは
昌樹は手にする警棒を見やり、こんな装備では相手にならないと、さらなる危機を感じた。
「味はともかく、とえあえずお話しだけでも聞いてあげようよ」
いずれは食されてしまう絶体絶命のピンチ。
ここは話を引き延ばしてチャンスを伺うしかない。
だけど、まず用件を伝えておかねば。
「お、俺は・・その、何だ。二条城の河童共に頼まれてゴブリンを退治するために、この伏見稲荷神社を根城にしている妲己に協力を求めに来たんだ」
ムリだ!用件を伝えようとしているのに、どうしても簡潔にまとめてしまう。
報告する時は、要点をしっかりと伝えるようにと刑事時代に上司からこんこんと説教をたれられたものだ。
その習慣が染み付いたおかげで、調査報告書に目を通したクライアントは皆口を揃えて"解り易いけど味気ない”とコメントを添えてくれる。
すると、狐たちが顔を見合わせ相談をし始めた。
「どうする?妲己様は今、人間の世界に呼び出されてお留守だよ」
「そんなの知らないよ。さっさと食べちゃおうよぉ」
「ダメだよ。留守の間の出来事は、事細かく報告するよう言いつけられているじゃないか」
「うんうん」
・・・せめてヒソヒソ話にしてくれないかなぁ・・・。丸聞こえじゃないか。
狐たちよりも、遙か遠くから下駄の音が聞こえてきた。
その音を耳にした狐たちの背中が驚いたように波打った。
「妲己はまたこの社を留守にしておるのか?」
女性の声。しかし、姿は見えず、依然下駄の音だけが鳴り響く。
「は、はい、
滑稽な事に、狐がかしこまって報告をしている。
「召喚されてやむなくとな?
小言を漏らす女性の声に、狐たちは恐れを抱き、皆、頭を垂れてしまった。
「して、何故人間ふぜいがこの地に足を踏み入れておるのじゃ?」
昌樹は、狐が恐れおののく気持ちが分かったような気がした。
透き通るような女性の声ではあるが、どこか圧を感じずにはいられない。
「問おう人間よ。何故この地に足を踏み入れる?」
こ、これは・・・、刑事時代の尋問よりも迫力があるぜ。
昌樹の体は、思わず仰け反り状態。
「に、二条城の河童に頼まれまして・・その・・」
「大きな頭をしているくせに脳みそは僅かの様よのう。我が聞いているのは、何故合わせ鏡の世に足を踏み入れておるのかと訊いておるのじゃが」
判ってはいるんだ。だけど、時間を稼がないと即刻殺されてしまいそうで、こちとら何としてでも時間を稼ぎたいんだ。
「さぁさぁ、事と次第によっては」
「い、言います!マンドレイクを手に入れたいので、どうしてもゴブリンたちが占拠している二条城を攻略したいんです!!だから妲己の手を借りたいと、この伏見稲荷まで足を運んだ次第にあります!」
慌てふためくあまり、用件までも伝えてしまった。
「なるほどのぅ。小鬼(ゴブリンの別称)退治とな。アレは礼儀知らずの恩知らずな外道共。かの連中を懲らしめたいのであれば、妖狐ではなく、神にすがれば良いものを」
昌樹は大きく目を見開いた。
この女性、今、”神”という言葉を口にした。
待て待て待て待て待てッ!!
さっき狐の誰かが彼女の事を"宇迦”と呼んだ。
まさか、彼女、