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19.血の惨劇、死者からの酬い

 自分で口走っておきながら、静夜は目の前の存在を全力で否定したかった。


 人間サイズのカマキリなんて、この世に存在するはずがない。


 しかし、状況は静夜に考える時間を与えてくれるほど優しくはない。

 真っ白な闇が目の前に広がる。

 シューと鳴る噴射音を耳にして、理依が消火剤をぶちまけたのだと理解した。

「たぁッ!」威勢の良い掛け声の次にナベやヤカンをぶつけたような鈍い金属音。
 そして「とりゃあー」モクモクと立ち上る白い闇の中から、先程目にした“カマキリ”が飛ばされてきた。

「先生!どいて!」
 理依の声に、咄嗟に壁へと張り付くと、3度目のキックを受けて、カマキリはオフィス外へと蹴り飛ばされた。

「カギ!早く!」
 動作の説明も無い命令。だけど、とても理解し易く静夜は素早くドアを閉めると中から鍵を掛けた。

 ひとまずの安心。

「なんなのよ…アレ」
 息を荒げながら静夜は訊ねた。

「知りませんよ。でも、物理攻撃が効いたってコトは“魂のヴィジョン”でない事は確かですね」と、あっけらかん。

 何言ってんのよ、この()。漫画の設定でも持ち出してきたの?

「とにかく有難う。でも、あまり無茶はしないでよ」

「弁護士には危険がつきものです。だから、私は弁護士先生を護るためにパラリーガルになりました。ご安心下さい。先生は必ず私が守って見せます」

 意外にも頼りになる姿に、今まで散々バカにしてきた事を心から詫びたい。

「ご―」ごめんなさいと続けようとした最中、理依はセロテープ台を手に取ると、応接室へ向けてブン投げた。
 と、同時に理依はテーブルを飛び越えて応接室目がけて駆け出していた。

 投げられたテープ台が激しい音を立てて応接室のガラス窓を突き破る。

 応接室から慌てて飛び出してきた外国人男性の顔面を、理依はいきなり殴り付けた。

「何をやってるの!理依!」
 問答無用の理依の行動に、思わず声を上げてしまう。

 さらに理依は、倒れた男性の腕を捩じ上げて、床に押さえつけた。
「どうして侵入者だと分かった?みたいな顔をしてますね。ここは日本のオフィスですよ。あなたのような外国人がいたら、不自然でしょうが」

 男性を捕えた理依の元へ駆け寄ると、早速彼女のトンデモ理論に頭を悩ませた。
(あのね。IT企業というものは、優秀な外国人プログラマーを雇い入れている所が多いのよ…)

「ホラ、先生。この男、こんな物騒なモノまで持っていましたよ」
 驚いた事に、理依が手にしているのは自動式拳銃だった。
 ロシア製ね。日本国内で裏サイトを利用して入手したようだ。

 静夜は理依から拳銃を受け取ると、まず弾が入っているかを確認。最中、「安全装置はココです」理依が教えてくれた。
 納める所が無いので、とりあえず右手に持っておこう。

 改めてオフィス内を見渡す。

 あれだけ騒いだにも関わらずに、誰ひとりとして姿を見せないばかりか、声を上げる者もいない。

 それに。

 先程から鼻につく錆のような匂い…これは間違いなく血の匂いだ。

 電気コードで男性を縛り上げた理依も辺りを見渡している。

「理依!アナタは入口を見張っていて」
 敢えて理依には他の場所へ目を移させないよう指示した。

 いくら腕が立つとはいえ、彼女は素人だ。遺体を目にして正気でいられるはずが無い。

「うぅ!」
 理依が口に手を当てて体の向きを変えた。おそらく血の匂いに酔ったのだろう。

「理依!ブチまけるなら、その男にブッかけてやりなさい!」
 静夜の声に、理依は吐しゃ物を男性の頭へとブチまけた。

「あら失礼。でも、これは殺された人が貴方に一矢報いたものと思ってちょうだいッ!」
 告げつつ静夜も男性の伸ばされた足首を思いっきり踏みつけた。
 これでしばらくはまともに歩けまい。

 依然、理依は咳き込んだまま。だけどしっかりと男性をとりおさえてはいる。肝心の見張りの役目は果たせそうにないけれど。


 さてと。


 この静けさ、辺りに漂う血の匂い、生存者は絶望的だが、確認はしておかないと。
 静夜はハンカチを口に宛てて、ゆっくりとオフィス内を巡回し始めた。

 飛沫痕が半端じゃないくらい凄まじい。まるでブチまけたような。

 おびただしいまでの大量の血液は刺創に見られるもの。一方、天井にまで達する飛沫痕は銃創によるものだ。
 改めて取り押さえられている男性を観る。

 この男は、直接手を下していない。
 この惨劇はあのカマキリの仕業?

 動物に襲われた遺体がどのように損傷するのか?想像もつかない。


 ようやく遺体を発見した。
 女性スタッフと思われる。弔いに短く手を合わせると、検分を開始。

 お腹を斬られての失血死かショック死と観られる。さらに。

 切り取られた腕や指が辺りに散乱している。なんて猟奇的な!反吐が出るわ。

「違う!」
 静夜は湧きおこる感情を即否定した。

 これは防御創だ。
 何らかの攻撃から身を守るために手で遮ったのだろうが、手ごと指ごと切断されたのだ。


 ジュイィィーン、キーン。


 どこかで電動ノコギリの音がしている。

 耳をつんざくような金属を切断する音。思わず顔をしかめてしまう。

 静夜は感じた。

 やけに近いわね。

 音のする方へとゆっくりと歩き出す。玄関口だ。と確認するや否や静夜は手にしたピストルを3発続けて発射した。

 すでに!

 さきほどのカマキリがドアを切断してオフィス内へと侵入を図っていたのだ。

 発射された弾丸は一発だけ命中した。が、数歩後退させるだけに留まった。

「マジかよ…」
 両腕がチェーンソーのカマキリだなんて…間違いなくヤツは生物ではない。

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