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18.迫る危機、そしてさらなる危機

 サンジェルマンと“悪魔の(はこ)か…。

 組織が血眼になって探す匣の中身は何なのだろう?

 ”未来の私自身が入っている”…言葉通りに受け取る……なんて、そんな事できる訳ないよな。

 昌樹はひとり苦笑した。

「オヤジぃ、気色悪いなぁ。ナニ急に笑ってんの?」
 キナコの冷めた眼差し。

 すると、電話のベルが鳴った。昔なつかしの黒電話のベル音。
「あ、もしもし。ママ?」
 キナコがスマホを取り出して電話に出た。

「コラコラ、電話に出る前に『ちょっと良い?』とか一言断りを入れなさいよ」
 たしなめる昌樹に人差し指一本唇の前に立ててシッ!黙れとおっしゃる。

 その一方で昌樹の方にも電話が鳴った。
「悪いな、カチコ。俺にも電話が入ったわ」
 断りを入れて二人に背を向ける。

 電話の相手は追風・静夜だった。

「追風先生!その節はどうも」
 挨拶はいいからと静夜は切り出した。

「マッキー。アナタに人を探し出して欲しいの。ええ、失踪者よ―」

 背後から聞えるカチコの「キナコちゃん?顔色悪いけど、どうしたの?」の声にキナコへと向いた。

 キナコの目は大きく見開かれていた。そして震える唇で。
「…ママ??いま、ママの会社にスノーて人が来ていると言ったの?」

 キナコの顔はみるみる内に血の気が引いてゆく…。
「どうして彼がママの会社に?彼に教えていないはずなのに…」

 考えられるのはスマホの契約時に配偶者の連絡先として勤め先の電話番号を記入した事。
 それを頼りに住所を割り出したのか。


「そんな事よりもママッ!そいつから離れて!きっと、そいつの体の中から()化け物が出てくるはずだから!ママ!逃げて!」

 スマホの先に向かって叫ぶとキナコは勢いよく席を立った。
 その腕を昌樹がグッと掴んだ。

「待て!一体どうしたんだ」
 訊ねた。

「ママが殺されちゃう。ママを助けなきゃ」
「俺も行く」
 昌樹も席を立った。

「悪いカチコ。急ぎの用だ」
 財布から取り出した1万円札をテーブルに置いて二人は入口へと向かった。

「マッキー!?」
 電話の向こうで静夜の声。

「すまない先生。急用が出来てしまった」
「今、そっちの誰かが『体の中から化け物が』て声が聞こえたけど」

「今は説明している暇は無いんです」
「説明なんてどうでもいいの。それよりも化け物はどこに現れたの!?」

 静夜は意外にも小馬鹿にしないばかりか、驚く事すらしなかった。

「どこなの!?教えて!」その声に昌樹は我に返った。

「どこなんだ?キナコ」
富小路(とみのこうじ)三条にある大谷ビル3Fの『フレア』って言うIT企業」

「だったら、私たちの方が近いわね」
 告げて静夜は電話を切ってしまった。

「もしもし?先生!もしもし!?」
 ちくしょう!と舌打ちを鳴らすと昌樹はキナコの手を引いて通りへと出た。


 ヤバイな…。弁護士先生、何を考えているんだ?アンタが現場に駆けつけても、殺されに行くだけだぞ。

 (はや)る気持ちを押さえつつも、一向に掴まらないタクシーを待つ。

 いや、もう現場へ向かって走ろう。少しでも距離を縮めておきたい。


  ◇ ◇  ◇  ◇


 車を飛ばして、静夜たちは現場ビルへと到着した。
 車から降り立つと、静夜は急いで3Fのオフィスへと向かった。

「もう!先生、カギ抜かないと車を盗まれちゃいますよ」
 車からキーを引っこ抜いてパラリーガルの釘打・理依も静夜の後を追った。


 すると、ラジオが流れているのだろうか、優雅なクラシック音楽が廊下に響き渡るように流れている。

 音楽は向かう『フレア』というオフィステナントから聞えてくる。

 静夜の足が止まった。
 というよりも、彼女が検事時代に身に着けた感覚が足を止めさせたのだ。肌で危険を感じ取る、殺人現場特有のあのイヤな感覚。

「先生!」
 理依が追い付いた。と、急に彼女の目線が険しくなった。

 理依は廊下に設置してある小型の消火器を手に取ると、手際よくいつでも噴射できる状態へと持って行く。

 ホースの先を手に消火器を構えながら。
「行きましょうか。先生」

 その姿は静夜にとって意外だった。

 普段のどんな脳みその使い方をしているのか?と思わせる行き当たりばったりの行動とは天地の開きもあるほどに、今の彼女は計算し尽くされた行動を取っている。
 唖然と見守る静夜はただただ頷いて見せた。

 !?

 廊下に飛沫痕が。しかも赤い。

 血液が飛び散っているのだ。

 方向は株式会社フレアのドアへと向いている。しかもドアは半開き。


 理依はドアの反対側へと回り込むとジェスチャーで静夜に『ドアを開けろ』と指示を送った。

 え、えぇ~!?私が開けるの?確かに私の方にドアノブはあるけどさ。
 首を振って拒否するも、力強く頷かれてしまうと開けざるを得ない。

 しょうがないので、一度だけ祈るように目を閉じると、決意を固めて思いっきりドアを開いた。

 どういうタイミングが正解だったのか?静夜には分からないが、理依は勇ましくも消火器を手にオフィス内へと突入していった。

「理依!」
 慌てて静夜も彼女の後を追う。

 そして彼女は見た!

「理依!天井よ!アナタの上に大きなカマキリがいるッ!」

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