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196章 絵の難しさ

 ミライは1時間ほどで、絵を描き上げる。

「コハルさん、できました」

 コハルは絵が楽しみらしく、体を躍動させていた。

「ありがとうございます」

「これまでにないチャレンジをしてみました」

「それはすごく楽しみです」 

 コハルは絵を見ると、あっけにとられた表情になった。

「これはなんですか」

 ミライは絵のコンセプトを、コハルに説明していた。

「どん底から這い上がって、元気になれるというものです。コハルさんの未来の心境を表現してみました」

 絵のコンセプトを伝えられても、コハルの顔色は変わらなかった。

「ミライさん、絵を見てもいい?」

 ミライは胸を張って、自信たっぷりに答える。

「どうぞ、見てください」

 完成した絵を見ると、色だけとなっていた。人物、背景などは一切描かれていない。

 色合いは左端が黒色で、徐々に明るくなっていき、右端は白色となっていた。どん底から這い上がって、元気になるというコンセプトについては、はっきりと伝わってきた。

 コハルがいいにくそうにしていることを、アカネが代弁することにした。

「簡単に書きすぎじゃないかな」

 絵をけなされたと感じたのか、ミライはむっとした表情を見せる。プロの絵描きとしての、プライドがはっきりと含まれていた。

「そう見えるのであれば、同じものを描いてください」

 絵の才能が皆無だとしても、これなら描けるのではなかろうか。

 色を塗り始めると、想像以上の難しさを感じた。

「え・・・・・・」

 どのように色を塗ったとしても、同じ色にならない。絵の具の使い方を間違っているのだろうか。

「コハルさんもやってみますか?」

「はい。やります」

 コハルも挑戦したものの、同じ色を出すことはできなかった。

「色を塗るだけなのに・・・・・・」

 幼稚園児レベルの作品なのに、完成させることはできない。そのことに対して、もどかしさを感じることとなった。

「簡単そうに見えるかもしれないけど、難易度は非常に高いです。一日、二日ではできるようにはなりません」

 新しい画用紙を取り出すと、筆で色を塗っていく。

「今回のポイントとなるのは、絵の具の配分です。少しでも間違ってしまうと、色が変わってしまいます」

 絵の具と会話をしているかのように、ミライは色を合わせていく。これを見ているだけで、才能の違いを感じた。

「絵のポイントはここです」

 乾いた絵の具の上に、同じような色を塗っていく。そうすることによって、かすかに色が変化することとなった。

「早すぎても、遅すぎても、表現したい色を表現できなくなります」

 絵は単純そうに見えて、高いテクニックを要求される。素人が完成させるのは、非常にハードルが高い。

「水の量についても、細心の注意を払う必要があります。0.1グラムずれたら、色が変わってしまいます」

 小学生の授業を受けていたとき、水の量に注意を払うことはなかった。適当に水をつけていた。

「絵の具は生き物なので、状態は一定ではありません。絵の具の水分量などを見極めながら、水
につけていかなくてはなりません」

 パレッドに出した直後は柔らかいけど、時間が経つにつれて固くなる。状態に応じた、水を付
けなくてはならない。

 ミライが色を塗った直後、絵の具が下に垂れた。

「水分量を多くすることで、下に流れるようにしています」

 絵の具を垂らして、絵を描くという発想はなかった。新しいコツを学んだような気がする。

「今日はやっていないですけど、絵を削ったりすることもあります。削ることによって、色合い
は鮮やかになります」

 筆を塗るだけだと思っていたので、絵を削る発想はなかった。

 コハルは説明を聞きすぎたことで、頭がちんぷんかんぷんになっていた。ミライはそれを察したのか、

「他にもいろいろとありますけど、今日はこれくらいにします」

 といった。そのことをきいて、コハルは落ち着いた表情を見せる。

 100時間以上のレクチャーを受けたとしても、上手な絵を描けるようにはならない。感性を要求されることは、他人から教わるのは不可能に近い。

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