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第二話

初めて見た君 Side 光輝
俺は結衣を腕に囲いながら、昔を少し思い出す。

『光輝君はいつもお利口ね』
昔からうんざりするほど聞いていた言葉だ。
いつでも完璧を求められ、それが当たり前だと思っていた。
絶対的な支配力を持つ父親、それに従順な母親。
そんな両親を持った俺は、いつしか自分を出すことが不必要な気がしていった。

親からすれば育てやすく、問題のない子どもだったと思う。

その優等生の仮面は冷徹で感情の無い人間へと変わって行ったのは、いつのころからだっただろうか?

大企業の二代目として、TAグループを継ぐため長男として当たり前のことだと思って生きてきて、それを別に異常とも思った事もなければ、嫌だと思った事もなかった。

それなりにどんなことも器用にこなせたし、苦労という苦労もしてこなかったが、何かが欲しいとか、楽しいとかそんな感情は欠如していたかもしれない。

副社長に就任した時も、親の七光りだの、若すぎるだの色々言われた上に内部が少し緩みがちで絶対的な支配が必要に感じた。
昔から優等生の仮面をかぶっていた俺でも、冷徹非情な人間になるのは、心をすり減らすところもあったが、なんとか自分を保ってやっていた。

そんな時、初めて全権を任された商談、我が社のノウハウをつぎ込んだヨーロッパの大規模な商業施設のレストランフロアの共同プロデュース。

もちろん、うちの会社が展開しているレストランも何店舗も入るし、ヨーロッパで大企業との共同での仕事は、我が社にとってもネームバリューを上げるチャンスだった。

どんなことをしても、ライバルである東郷には負けたくなかった。

あの「膳」での商談のとき、確実に俺の実力を見る為だろう。予想外の来客だった。
なかなか商談が難航していたこともあり、俺は珍しく少し焦っていたかもしれない。

廊下でフランス語の通訳を至急手配するように電話をしていた俺の目の間に不意に現れた、着物を着た日本人形のような女性。

真っ黒な黒髪、黒い瞳が白地の着物がとても映えていた。
俺にはない透明、純粋そんな言葉が頭をよぎった。

しかし、すぐにそんなことは頭から無くなり、俺は商談へと戻らなければいけなかった。

しかし、通訳が来るまでどうするかを考えていると、さっきの彼女が小声で通訳をしてくれる。
信じられない思いで、通訳をお願いすると、ビジネス用語まで理解する彼女に脱帽した。


『結婚するんです』
昔から、見かけや、家柄に寄って来るような女ばかり見ていたせいか、俺は結婚願望など一ミリもなかったし、特定の女を作る気など毛頭なかった。


しかし、その時商談の為に言った俺だったが、相手はなぜか隣でにこやかな笑顔を向けていた結衣しか思い浮かばなかった。

その後、自分の都合で結衣を巻き込むわけには行けない。そう思いつつも、どこか心の中で諦められない思いが残る。
親父の無謀な呼び出しにも、結衣ともう一度接点を作ってくれたことに感謝すらした。

『待って』引き留める俺に、涙をためつつも凛として拒否をする結衣に、もう完全に俺は落ちたのかもしれない。

今なら言える。
ひとめぼれ。そんな陳腐ことを言う日が来るなんて思わなかった。

でも、今腕に囲った結衣に言える言葉はこれしかない。

「あの日、結衣に一目ぼれしたんだ」
「え?」
驚いたように目を見開く結衣は、破壊的にかわいい。

ひとめぼれは、いつしか本当に俺に癒しを与えてくれる存在へと変わった。
小さいころから封印していた、甘えたい感情や、可愛がりたい気持ち、そんないろいろな自分が結衣といるとでてくることに、俺自身が一番驚いた。

臆することなく自分の感情をぶつけてくれる、結衣のクルクルかわる表情は、いつしか本来の俺を思い出させてくれた。

俺の言葉に一喜一憂する結衣を、甘やかせて俺のことを少しずつ少しずつ意識するように。
演技の練習と言いながら、少しずつ結衣との距離を縮めてきたと知ったら、きっとまた結衣は怒るだろう。

それでもきっと、いつもの笑顔で笑ってくれる。そんな結衣しか俺はもういらない。

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