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第三話

ひとめぼれっていった?

私は光輝さんの腕の中で、呆然としていた。

光輝さんのような人が私なんかに一目ぼれするはずない。
そうは思うも、初めてみるかもしれない、完全に熱を孕んだ光輝さんの瞳に私の思考は奪われる。

「ねえ、結衣。俺はうぬぼれてもいい?」
会社の雰囲気を纏う光輝さんはずるい。完全に男を感じさせるその言葉、雰囲気、口調、すべてが私から色々な思考を奪っていく。

加納さんに言われたことも、身分違いなど、色々な問題や躊躇する理由はあったはずなのに。

今は何も考えることが出来ない。いつもの可愛らしい光輝さんは影を潜め、そこには妖艶で完璧な一人の男性がいた。

「こんな時に、会社の光輝さんはずるい」
「気づいていたんだろ? こっちの俺も俺だって」
会社での怖い光輝さんも、家での甘い光輝さんも、すべてが光輝さんなのはわかっていた。

「そうだけど、この光輝さんだと何も考えられなくなる」
視線を逸らしつつ、バクバクと煩い心臓の音を隠すように、早口で言葉を発した私に、光輝さんの唇が綺麗な弧を描いた。

「それはいいな。素直じゃない結衣の本当の気持ちが聞ける。なあ、俺のこと好きになってきた?」

頬を掬いあげられジッと熱を孕んだ瞳で見られると、もはや私は白旗を上げるしかない。
自分の頬が熱くて、真っ赤になっているのが解る。

恥ずかしいし、生きるのに必死で恋愛偏差値ゼロの私は駆け引きなどわからないし、どうしてもいいかわからない。
ただ、目を逸らしながら小さく頷く。

それと同時に、ふわりと光輝さんが微笑む。それは柔らかで大好きな光輝さんの笑顔だ。

「俺は結衣と出会った頃より、今の方がずっとずっと好きだ」
さらに追い討ちをかけるように、いつもより低く甘い声が耳元で聞こえて、背筋がゾクリとする。
それと同時に、光輝さんの瞳が近づいてくる。

「嫌なら拒否して」
少しだけ緊張した言葉にも聞こえ、私は小さく首を振ると静かに目を閉じた。
すぐに優しく唇が温かくふさがれる。
何度も啄むように繰り返されるキスに、私はキュッと光輝さんのシャツを握りしめた。
聞かなければいけないことも、話さないといけないころもあるのはわかっている。

でも、今はこの幸せなぬくもりだけを感じていたかった。

しかし深くなるキスに、どこで息をすればいいかわからず、私は小さく声が漏れる。
「ん……」
ようやく唇が離れ私は大きく息を吸い込んだ。
「結衣、それはダメだ……」
それと同時に光輝さんが言ったセリフに私は訳が分からず、トロンと見つめ返していたのかもしれない。

「え?んんっ!」
さっきまででも深いと思っていたキスは何だったのかと思うほど、噛みつかれるようにキスをされる。

それが何か求められている気がして、拒否することなどできずただ、光輝さんの唇の熱を感じていた。

部屋中にリップ音と淫らにキスの音だけが響く。
それが恥ずかしさより、高揚感を感じてそのことに自分でも驚く。

しかし、その空気を壊すようにスマホの着信音が鳴る。それでもキスをやめない光輝さんに、私もスマホを無視していると、一度切れてまたもや音がする。

そこで小さく息を吐くと、光輝さんは残念そうに私の唇にゆっくりと口づけた。

「急用かもしれないし、いきなりごめん。箍が外れた」
クシャりと髪をかきあげると、私に苦笑する。

そんな光輝さんに、私は小さく首をふってみせた。全然嫌じゃなかったし、もっとと思ったのは私だ。
そんなことを思うと、急激にいまの行為が恥ずかしくなる。
ごまかす様に、ソファーの上に置きっぱなしになっていたバッグを取りに行こうと足を向けた。

「結衣待って」
その言葉と同時に後ろから抱きすくめられる。
「さっきの言葉は嘘じゃない?」
真剣な光輝さんに、私はクルリと向きを変えた。

「私なんかがこの言葉をいったらいけないと思ってました。これからも問題はいっぱいだと思います……。でも私は光輝さんが……好きです」
勇気を出して俯いたままそれだけを言い終えると、チラリと光輝さんを仰ぎ見る。

「え?」
口元を手で抑えながら、真っ赤になっている光輝さんに、私がポカンとしてしまう。

「結衣、もう本当に……。早く電話見て」
自分が引き留めたくせに。そうは思うも私は小さく頷く。
「ああ、はい」
今までも照れるような様子はあった気がするが、明らかにこれは今までと違い慌てている光輝さん。私は光輝さんに笑顔を向けるとスマホを手にした。

「あっ……」
つい漏れた私の声に、光輝さんが近くに来ると私の顔を覗き込む。

「弟くん?」
「はい」
相手の想像が付いたのだろう光輝さんの言葉に、私は同意する。
寛貴と毎日できるだけ電話をしていたが、忙しかったり電話にでられなかったりする日は、メッセージだけで済ます日も多くなっていた。

それが何度も着信があるなんて、何かあったかと私は不安になりすぐに折り返す。

『もしもし、姉貴?』
ワンコールもせずにでた寛貴の声に私は、続けざまに言葉を発する。

「どうしたの? 何か困ったことがあるの?」
『それはこっちのセリフだよ!』
「え?」
意味の分からない寛貴に、私が聞き返すと、少し怒ったような焦ったような寛貴の声が聞こえた。

『家がないとかどこにいるんだよ』

「あ……」
その言葉に、寛貴が帰ってきたことがわかる。寛貴が帰ってくる予定もなく、契約期間が終わって新しい家に引っ越したら伝えようと思っていた。

心配をかけたくないという思いもあったのも事実だが、光輝さんとの契約婚をするなんて言えるわけもない。
どう説明すればいいかわからなかったのだ。

「あ、それは……。それよりどうしたのいきなり帰ってきて」
めったに交通費ももったいないと帰らない寛貴に、私は何かあったのかと不安になる。

『弟なめるなよ。最近の姉貴に何かあったことぐらいすぐにわかる。とりあえずどこにいるんだよ』

「寛貴……」
普通を装っていたのに、やはり敏感に最近の私の変化に気づいていたのか。
もう小さい子どもではないのだとわかる。

「とりあえずどこかで待ち合わせしようか? えっと」
そこまで言ったところで、私の手からスマホが消えた。

え?
振り返るといつの間にか、私のスマホで話している光輝さんがいた。

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