Ⅴ 二人の時間
「とりあえず、のぼせそうだから、上がろうか…」
上ずる声を抑えながら、忍が提案した。
「そだな」
ざばっと立ち上がり、龍樹が忍に手を伸ばした。
「シャワーで泡流そうぜ」
「ああ、そうだな」
龍樹の手を取り、忍はジャグジーの中に落ちたままのシャワーに手を伸ばした。そのまま立ち上がって龍樹の身体の泡を流す。
「貸せよ。おまえ、ほとんど浸かってないだろ。温まっとけよ」
忍からシャワーを奪い取り、龍樹が忍の身体の泡を流しながらペタペタと掌で体温を確認する。
「くすぐったいって、龍樹」
「俺は恥ずかしいことをされたんだから、文句言うな」
バシッと背中を叩かれて、「いてっ」と忍がぼやいた。
「温まったら、ベッド、行こうぜ」
こつんと、龍樹の額が忍の背中に当たる。忍の鼓動がさらに早くなる。
「…おまえ、なんかすげえこと言ってんの、わかってるのか?」
「俺はすげえことされてんだから、全部わかって言ってんの!」
「お、おお…」
龍樹に言い負かされた…。
勢いに負けて、忍は初めて龍樹に言い負かされた。人生初の負けである。
忍の身体が温まり、龍樹がキュッとシャワーの栓を止めた。
「出よーぜ」
パサパサと濡れた髪をタオルで拭きながら、龍樹が先にバスルームを出た。続いてバスタオルを腰に巻いた忍が出る。
途端に目に入る、ふざけたお姫様仕様のレースのかかった天蓋付きのベッド。
「のぼせたな。なんか飲もうか」
ガチャっとそこそこ大きな冷蔵庫を開けると、龍樹は慌てて何も取らず勢いよくドアを閉めた。
「どうした?飲まないのか?」
「い、いや、その、冷蔵庫じゃ、なかったというか…」
「冷蔵庫じゃなかった…?」
ぐいと龍樹を押しのけて、忍が冷蔵庫じゃなかったらしいドアを開ける。
「お、おおお…スゲーな、本物見るのは、初めてだな。なんか使ってみるか?」
ドアを開けるとズラリと並んでいたのは、アダルトグッズで、冷蔵庫に見えたのはボタンを押したら購入できる販売機だった。
「本物見るのはって…」
「AVくらい観たことあるだろ?」
「…ない、とは言わねえけど、そういうの使うやつのは、あんま好きじゃない…」
「せっかくラブホ来たんだから、記念に一個くらい…」
ポチっと、ボタンを押す忍に、龍樹が「あああ、押すなよ!!」と驚愕する。
「…で、何買ったんだよ」
「たまご型ブルブルマシーン、だって」
「俺らでなんに使うんだよ?」
「さあ、よくわかんね?」
ピンクローターをぷらーんとぶら下げて、男二人が真剣な顔をして悩んでいた。
「ま、なくてもいいんじゃね?」
龍樹が忍の手からピンクローターを取り上げて、ポイっと天蓋付きのベッドへ放り投げた。
「俺が、忍にしてやりたいように、するんだから」
「そう、なのか?」
「そうなんだよっ」
…それは、どういう意味で言っているんだろう…?
髪を拭いてはいるが、いつもの風呂上がりのように、龍樹は全裸だ。そしていつものように、忍は腰にバスタオルだ。
…俺は、龍樹にいったい何をされるんだ?
期待と不安と、少しの恐怖。まさか、龍樹が俺を殴り飛ばすことなく、俺に何かしてやりたいなんて言い出すなんて、思ってもみなかった。
「お、こっちが本物の冷蔵庫だぞ。何飲む?」
小さな冷蔵庫を開けて、龍樹はミネラルウォーターのボトルを出して喉を鳴らして一気に飲み干した。
「いい飲みっぷりだな」
同じようにミネラルウォーターを購入して、忍がごくりと飲んだ。思ったより喉が渇いていたらしく、そのまま半分ほど飲んで落ち着いた。
ぺたぺたとフローリングの上を裸足で歩いてきた二人は、天蓋から下がるレースをめくり上げた。隙間から入り込んだピンクローターが転がっていた。
「で、どうしよう、って…!?」
トン、と龍樹にベッドへ押されて、忍が仰向きにゆっくりと倒れていく。ふわっとクッションに受け止められて、忍が目を丸くした。
「龍樹…?」
「おまえ、今から能力使うの禁止な」
ぎしりとベッドに上がってきた龍樹が、忍の腰に巻かれていたバスタオルをはぎ取った。
「へえ、まだまだちゃんと勃ってんじゃん、忍。そんなに、俺のこと、好きなんだ?」
「ああ、好きだよ。おまえの一番そばにいたい。これからもずっと、ずっと。俺だけが。おまえのこと、一番好きなのは、俺だよ、龍樹」
ぎゅっと、忍がしたのと同じように、龍樹が握る。龍樹の手の温かさに、びくんと反応する。
「へえ、人のを握るって、こんななんだ。俺、すっげえ気持ちよかったけど、おまえは?」
するすると上下する龍樹の手の動きに、忍の身体がぴくぴくと反応してしまう。
人にしごかれるって、メチャクチャ、気持ちいいじゃねえかよ…!
浅い呼吸をしながら、忍は「すげぇ、イイ」と絞り出した。
「じゃ、俺もしてもいい?」
「なに、を、んっ」
唇を重ねられて、それが嫌々ではなく、龍樹から求められていることが分かった。
ついばむようなバードキス。そして深く絡みつく、ディープキス。ぎこちない、求めあう絡
み合うような深い口接け。
「は、ンン、りゅう、じゅ…」
とろけてしまいそうになり、忍の口から吐息が漏れる。龍樹の温かい手が、忍自身を握りしめ、こすり上げる。
「どう?忍」
「…聞くなよ。たまらねえ」
吐息の間に、視線が絡まる。
「おまえが熱烈にコクってくれたから、俺も言っとく。楓にキスされた時、嬉しくなかった。してほしいのはおまえじゃないって、思った」
「…それっ、て…」
「おまえのは、嫌じゃなかったのにな?」
ちゅっと唇が触れる。悪戯をするような眼をして。
「これ以上は、言わせるなよ?」
手を止めると、龍樹はパンパンにはち切れそうな忍自身にぺろりと舌を這わした。
「おい、やめろ、龍樹!」
龍樹の湿った髪を、忍の指が掴む。
「やめねえし、能力は使うなよ」
ぱくりと銜えこまれて、忍がびくんと震えた。
「龍樹、りゅう、じゅっ」
俺がイかされてどうするんだ!?でも、こんなこと、龍樹にされたら…!!
嬉しさと愛しさと、押し寄せてくる快楽の波に吞まれそうになる。
今朝まで友人だった関係が、一瞬で変わった。黙っているつもりだった気持ち。抑
えて見守っているはずだった。
龍樹の唇に、舌に、翻弄される。
受け入れてもらえるなんて、これっぽっちも思っていなかったというのに。
ああ、幸せだ…。
こんな日が来るなんて。一生黙っていてもいいと思ってさえいたのが噓のようだ。
龍樹の指がフィニッシュを誘う。
「龍樹、あ、ああっ…!!」
龍樹の頭を押さえつけ、忍は口の中で果てた。
「ン、ン…変な味…」
「おまえ、吞んだのか!?馬鹿!!」
口元を手で拭った龍樹に、忍がミネラルウォーターを渡す。
「いいから飲めって!」
まさかごっくんされるとは思っていなかった忍が真っ赤になって、龍樹を引きはがした。
「おまえもう、無茶苦茶だよ…」
渡されたミネラルウォーターを飲みながら、龍樹は身体が妙に熱くなっているのに違和感を覚えた。
「なんだろう、身体が、すっげえ熱い…」
「興奮してか…?」
「いや、そういうんじゃなくて、身体中、力が沸き上がって来るっていうか…」
一晩金縛りで寝不足だったはずが体の隅々、髪の毛の先までエネルギーが行き渡っているように感じているのだ。
「なんか、めちゃめちゃ、元気になった」
照れたように笑う龍樹に、忍がぶはっと吹き出した。
「房中術かよ…」
「ぼうちゅう…?」
「セックスで気を高める古来中国の養生術だ。ってか、呑むなよ。びっくりするだろ」
「いや、どんなかなって。忍のならイヤじゃなかったし」
なんだよそれ…そんな台詞、ありかよ。
「最上級の殺し文句だな」
手で顔を覆って、忍が降参した。
「先に殺されたのは俺の方だっての」
「そ、だな…」
忍の手をそっとどけて、龍樹が忍と目を合わせた。
「で、いつからだよ」
「え…?」
「いつから、なんだよ?」
「…言わねえ」
ぷいっと目をそらした忍を、龍樹がむりやり頬を挟んで口接けた。
「ンン、りゅう、じゅ、っ…」
「言わねえなら、やっちまうぞ!」
がぶっと唇に嚙みついて、龍樹が笑う。つられて、忍が笑う。
「やらせるか、ばーか」
手を伸ばし、龍樹を抱きしめる。いつも傍にいたのに、届かなかった距離に龍樹がいる。
「二人で、気持ちよくなろうぜ」
「なんか、やらしーな」
「やらしーことするための部屋なんだから、いいんだよ」
抱きしめる腕に力を込める。龍樹が覆いかぶさるように、唇を重ねる。何度も、何度も。
「忍とこんな風になるなんて、思ってもなかった」
唇を離した龍樹が吐息混じりに呟いた。
「俺もだよ」
「おまえもかよ!」
「受け入れてもらえるなんて、考えるわけないだろう、普通」
龍樹の髪かき上げて、忍がくすりと笑った。
「好きだよ、龍樹」
「…俺、ハズカシーから、それ、おまえが言う役な」
「かまわねえよ。何回でも、言ってやる。好きだ、龍樹」
「うん」
「好きだ」
「うん」
「龍樹」
「うん?」
「泊っていこうか。金曜日だし」
「そだな。いいかもな」
「決まり。今日はいっぱい、気持ちいいことしようぜ」
ぎゅっと抱きしめたかと思うと、くるりと忍は龍樹と身体を上下反転させた。
「せっかくだから、使おうか、これ」
忍がぶら下げてみせたピンクローターを見て、龍樹がぶわっと赤面した。
「やめろよ、ハズカシーだろっ」
「おまえ、俺のしゃぶっといて、なにをいまさら」
「あ、あれはっ…!」
「あれは?」
「いきおいっつーか、その…なんとなく…」
「なんとなく?」
「…おまえ、意地悪いな!」
「なにをいまさらっ」
クスクスと笑い合って、抱き合って、口接けをし合って、幸せを分かち合って。
「俺、今すげえ幸せ。龍樹を好きでいられて、幸せ」
「殺し文句何回言う気だよ。俺何回死んでるんだると思ってんだよ、忍」
「おまえのせいで、俺も死んでるっての。それくらい幸せだって。言わせろよ、朝までずっと…」
「あーもう、俺も幸せだよっ、忍が、いてくれてっ」
――天蓋付きのお姫様ベッドで男が二人、快楽に溺れていく…。