第9話 幻の少年
龍神と接触したエキドナの話は続いた。
エキドナが気になっていた怪物の正体。
ドナルガティはそれについて語ってくれたらしい。
「奴らの正体…。それは我がまだ肉体をもっておった時の話…」
ドスの効いた声でゆったりと話は始まった。
「世界は当時、『闘気戦争』の渦中にいた。
この世界には民衆を束ねる各国の王。
誰の管理下にも属す事はない放浪族。
国1つ滅ぼせる力をもつ戦人と呼ばれる存在。
表沙汰では世界平和の象徴だが、裏では権力を使い人道から外れる行為を行なっていた世界貴族が存在した」
当時の世界の勢力図を詳しくドナルガティは話した。
「わが国ヨドラルは、打倒世界貴族を密かに掲げており、
奴隷問題や世界貴族に有利な規約などを破棄する努力をしておった」
平和の象徴のはずの世界貴族は、ヨドラルの民からはかなり恨みをかっていた。
その理由として、ヨドラルは龍族が多く住む国。
龍族は戦闘能力が高いからか、過去のありもしない因縁をつけられ貴族の奴隷として扱われる事が多かった。
そのため、他国の民には見えない貴族の不正行為などの数々を目の当たりにしていた。
ヨドラルでの世界貴族は、平和の象徴とは真逆の存在であったとドナルガティは話す。
「だが、その勢力図は思いもよらぬ出来事で変わることになった」
「思いもよらないこと?」
「ああ…」
ドナルガティは少々発言を躊躇った。
しかし、自分の意志を7000年経った現代でも受け継ぎ、
龍神の使いとして神事を全うする龍神祭宮の宮司には話しておくべきだと思い話した。
「ある日、原因不明の光が天空より落ち、光が晴れると闘気というものをまとえるようになった。
闘気は絶対だった。己の闘気レベルが低いと高いものには傷一つ与えられぬ。
故に、闘気が高い者に自然と権力は寄った。
奴隷を作る者、この世界を取ろうとする者、身内を貴族に殺された敵討ちをする者。
いたる所で殺戮が繰り返されていた。目的はそれぞれ違ったが、世界の勢力図は闘気により変わった」
エキドナは龍神様も侵攻をしたのかと尋ねる。
1人の龍族として、自分が住むこの国にもそんな残酷な歴史があるのかが気になった。
「我は結論、侵攻をしなかった。権力よりも光の原因が気になったという我の気まぐれだがな」
ドナルガティは言う。闘気が登場したその結果、
力をもてるようになった民衆や権力者達は、それぞれの目的のために争いを始めたと。
権力者達は侵攻を、闘気をまとった民衆は過去の恨みを消化していた。
世界が混沌となっていく中、ドナルガティ自身も侵攻を始めようとはしていたらしい。
しかしドナルガティは、自身の性格に救われた。
ドナルガティは温厚だった。
ただ、戦闘においてヨドラルで右に出る者はいなかった。
それを自覚していたドナルガティは、弱き者に優しく、強き者には弱き者を守るようにと教えを説いていた。
そんなドナルガティだからこそ気づいた。
光が発生してから、必要以上に気がたつことに。
腹の底から湧き出てくるような異常な憎悪と殺戮欲求。
教えを説いていたドナルガティは、自分を自傷することで正気を保っていた。
何かがおかしい。
ドナルガティは侵攻計画をやめ、闘気をまとい力をもったヨドラルの民を説きつつ、
自傷行為を続けながら光の原因を探した。
光の原因を追求している間も争いの勢いは増していき、他国の侵攻の足はついにヨドラルまで届いた。
しかしヨドラルは強かった。侵攻してくる他国の騎士がヨドラルの地を踏む事はなかった。
「我には絶対領域という特異がある。我が指定した領域内に足を踏み入れる事は常人にはできん」
特異は、選ばれた者にしか習得できない特殊能力らしい。
ドナルガティの特異に心を折った騎士達は、次々と自国へ帰還していった。
ドナルガティの特異があれば、実質闘気などいらなかったというのも正気を保てた要因の一つだろう。
しかし、他国の争いはまだ続いていた。
そんなある日、王宮に1人の少年が訪れた。
「名をノルマンティアと名乗った」
何やら龍神の声色が一気に明るくなった気がした。
エキドナはノルマンティアを知っていた。この世界に統一神として伝わっているからだ。
当然エキドナは食い気味でノルマンティアの話を聞こうとしたのだが、龍神は話せなかった。
「奴の特異は幻というものだった」
ドナルガティはドスの効いた声で笑いながら話した。
ノルマンティア自身の事を詳しく話すと、いくら龍神でも精神体まで完全に消滅してしまうらしい。
故に幻の存在。それが統一神ノルマンティア。
「奴と過ごした日々は楽しかった。奴のおかげで、光の原因に辿り着いた」
そう話すドナルガティは、友人との思い出を楽しそうに話してくれているお爺さんのようだった。
「光の原因は、魔天使だった。貴様が見た者は、恐らく魔天使だ」
魔天使。
禍々しい翼を生やし、圧倒的な戦闘能力と存在感をもつ。
そのため、多種族を完全に見下し天空で優雅に過ごしているという。
下界の者に姿を見せる事は滅多になく、一般的には伝説の種族として話されているらしい。
神のような存在だが、神と呼ぶには素行が相応しくないという。
「我ら下界は、その魔天使共の暇つぶしとして狂わされた」
先程と一転して、真面目に話すドナルガティに少し怯えるエキドナ。
ドナルガティは続けて話した。
「その光というのは魔天使の魔術の一つで、感情の掌握と殺意を高めるものだった。
感情の掌握、殺意を高められた我ら下界の民達は暴走した。
だが実際、闘気が魔天使が使った術と関係があるかは分からなかった」
ノルマンティアが闘気戦争を終結させ、ドナルガティが原因を解明。
しかし魔天使にはあと一歩届かなかったという。
ノルマンティアと共に天界へ行き魔天使と交戦した。
ノルマンティアの圧倒的な戦闘能力とドナルガティの特異で善戦はするも、
魔天使を生みだす核を破壊するには至らなかったという。
魔天使達は長い年月をかけ復活。
ノルマンティアとドナルガティに天界を荒らされ、
一族のプライドを傷つけられた彼らが力を増し現代に復活したのではと予想していた。
そしてエキドナの両親が殺されたのも恐らくその因縁のせいだと。
エキドナは宮司だ。自分が龍神の使いとして産まれてきた自覚はある。
自覚はしているが、子供だ。
エキドナは激しく叱責した。自分の主人を。
しかし寛大なドナルガティはその叱責を水に流した。
少し落ち着いたエキドナに、ドナルガティは言った。
「エキドナよ。己の刃を磨き…強き者を巻き込み…再び世界を守れ」
主から初めて名前を呼ばれた使いは叱責をやめ、打倒魔天使を決意したのであった。