第8話 エキドナ・ラルフレア
魔力調節をミスった俺は、その後もエキドナが修行をつけてくれた。
今日もいつも通り起床し、龍神様に祈りを捧げ修行に入ろうとしていた。
「そろそろ貴方に話しておきたい事がありますの」
艶やかな長い髪を、髪留めで後ろに留める動作をしながら話すのはエキドナだ。
今日も俺の女…間違えた師匠は妖麗だ。
恋人は同棲を始めると上手くいかなくなるとはよく言うが、
俺は日に日にエキドナが綺麗に見えてきているような…
そんな俺の煩悩はさておき、
急に話しておきたい事があると言われ、少々ビビってる。
どうやら、先日の魔術調節の一件で俺は少しだけ認められているみたいだ。
支度を終えたエキドナは、
俺を龍神祭宮の敷地内にある関係者以外立ち入り禁止の
「流龍場(りゅうりゅうば)」という神殿連れて行った。
「わあ。凄いですね…」
思わず圧倒され、声が出た。
その空間は、非常に神秘的な場所だった。例えるなら秘境。
天然にできた円形広間らしく、天井にある割れ目から少し日差しが入ってきている。
壁に沿って広間を囲むように存在する龍のオブジェクトからは水が流れている。
オブジェクトは誰かが作ったものだろう。
何より目を引くのは広間中央に存在するでかい龍神様の像。
エキドナは龍神像の前からきなさいと目を輝かせて立ちつくしている俺を呼んだ。
「凄い空間ですわよね。私も何度来てもそう思いますわ」
エキドナは冷静を装いつつも、若干少女のような表情で話していた。
ピュアなのか、師匠は。
「それで師匠、話しておきたいという事はなんですか?」
前に一人前になったら話すと言っていた話か?
でも俺はまだまだ一人前ではないしな…。
そう考えているとエキドナは、ああ…と少女から女性の顔に戻り訪ねてきた。
「ロト。ソフィアという名前に聞き覚えはある?」
え?ソフィア様の名前がなぜエキドナの口から出るんだ?
なぜ?とびっくりした俺の気持ちは表情に出ていたのか、
エキドナに答えずともあるのねと話を進められた。
「あの女の話は、信用したらダメですわ」
エキドナは何かを知っているような雰囲気で話した。
言葉の意味が分からなかった。
だってソフィア様は、少なからずこの世界を救おうとしていたわけで。
そんな人を信用するなと言われて、はい分かりましたなんて言える人間は本物の悪役だけだ。
エキドナはそのまま話を続ける。
「ロト、この世界の神話についてはお知りで?」
「はい。小さい頃、よく両親に読み聞かせをしてもらってました」
「そう」
エキドナは少々何かを悩んだ顔をし、俺の顔を見つめてきた。
やめて。ドキッとする。師匠とそういう関係になるのは…悪くはねえが、おれぁまだ5歳だいっ。
しばらくすると、何か糸が切れたように表情が緩んだエキドナは、
ロトには話しておくわと俺に少しだけ、この世界の話と、エキドナの事を教えてくれた。
「あの話は実話よ。この世界の人達は神話だと思ってるようだけど」
これは驚いた。あの話をこの世で実話として扱っている人物に会ったことがなかった。
しかし、それを知っている俺はいい反応ができず、
信用するタイプなのねとエキドナはつまらなさそうな顔で言った。
ソフィア様のことは知っているなら、転生のことに関しても知っているのか?
いくつか疑問は残るがとりあえず、なぜそう言いきれるのですかと師匠に質問をしてみた。
「私がなぜそんな事を知っているか…」
エキドナは至って真面目な表情で話した。
「それは、私は龍神様の声が聞くことができるの」
ほう。生前だったらマルチ商法だと訴えられてもおかしくない話だ。
しかしここは異世界だ。可能性がない話ではない。
「龍神様の御告げでこう仰っていたわ。敵はいる。その残党は、意志を繋ぎ、必ずまた復活する…と。
当然、私も龍神様なんて信じていなかったわ。あの日までは」
そう話すと、エキドナはなぜか悲しそうに、自分の過去の話を始めた。
あの日ーーーー
エキドナ・ラルフレア15歳。
彼女はその日、誕生日を迎えていた。
伝承では、龍神祭宮社に産まれる者は、初代龍神の使いとして産まれてくると伝えられている。
そして15歳という歳は、ラルフレア家では宮司になる事を意味する。
つまりこの日は、「宮司エキドナ・ラルフレア」誕生の日であり、
お披露目の場を設け龍神信者達に盛大に祝われるはずだった。
エキドナはいつものように起き、
ドタドタと縁側を走り、龍神様に祈りを捧げる母の元へ向かった。
「お母様!おはようございます!」
ニコニコと笑いながら挨拶をするも、返事がない。
祈りを捧げている最中に扉を開ける事は基本的には禁止だが、
いつも挨拶を返してくれる母親から返答がないのはおかしい。
エキドナは明るい少女だった。
エキドナは他人を疑う子供ではなかった。
エキドナは自分の胸の内を見せる子だった。
エキドナは清らかな心をもっていた。
エキドナはこの先も…家族と幸せな生活をする子だった。
その光景を見るまでは。
扉を開けたエキドナの目に映ったのは、
禍々しい翼を生やし、パーマがかかった黒長髪の男。
首から下に鎧をまとっているが、顔は無防備だ。
そんな男、魔天使ジェノウスに
父親、母親は長く禍々しい槍で、串団子ように重なり後ろから無残に突き刺され死んでいた。
「っ……っ…!!」
恐怖と衝撃で声が出なかった。
「あ?んだこのガキ……ああ…!ああ!!そうかそうか!」
その魔天使は、何かを理解したように大笑いをし、エキドナに顔を近づけ言い放った。
「お互い様なんだよ…この話は。まあ、てめえもこの血族ってんなら、
ちゃんと理解ができた頃にまた殺しにくるわ。そっちの方が…ププッ…お互い燃えるだろ?」
両親を殺された上に、何もできないエキドナにジェノウスは皮肉混じりに話してくる。
エキドナはあまりにもショッキングなものをみた衝撃と、
目の前の怪物から放たれる圧倒的な恐怖のオーラで動けるわけもなく、
ただ睨みつけることしかできなかった。
ジェノウスはヘラヘラと笑いながら、「またな〜雑魚」と言い残しそのまま光と共に消えていった。
自分の両親が殺されたのにも関わらず、
ジェノウスが消えて助かったと思っている自分に吐き気がした。
エキドナはその後、両親の遺体を見ながら只々泣き叫ぶしかなかった。
ーー強くならなければいけない。
無力は罪だと思った。
同時に、この一連の出来事で起きた感情のブレは、15歳の少女の心を壊すには充分すぎるものだった。
それから激しく心を衰弱させたエキドナは数日間食事も神事を行う事なく寝込み、
助けを乞うように、両親から龍神様が宿ると伝えられていた流龍場へ足を運んだ。
エキドナは先日起きた事を事細かく、自分が犯した罪のように龍神像に向けて話した。
しばらくそのまま座っていると、自分の頭にある声が入ってきた。
「そうか…ご苦労だったな我が使いよ」
エキドナはハッとした表情で誰!?と辺りを見渡した。
警戒する。またあの男の仕業かと。そんなエキドナの行動を見てか、
その声の主は続けて、「我はわが使いの精神体に直接話しかけておる…。
それにここは絶対領域内だ…奴らでも入ってこれぬ」と話した。
「奴ら…あの悪魔の事…!?何か知ってるの…!?
それに精神体って…たしか母も言っていたような」
その人物は、エキドナが見た得体の知れない存在を知っていた。
それに精神体に話しかけているなど、普通の人が聞いたらすぐに信用できないが、
エキドナは大社で育った身。母から聞いていたということもあり、すぐにその言葉を信じ、会話を試みた。
「龍神様なの…!」
少女の期待のこもった声に、主は答えた。
ーー我は龍末神ドナルガティなり…人々からは龍神と呼ばれている
ゆっくりと話すその声は、大地を揺るがすほど力強く、聞くだけで力が湧いてくるようだった。