115章 なごみや
「なごみや」にやってきた。
本日は貸し切り状態であるため、一人で過ごすことができる。快適な空間を保証されているとあってか、モチベーションは非常に高かった。
ミライの母親が顔を見せた。
「アカネさん、お久しぶりです」
栄養をたくさん取ったからか、頬は健康な色をしている。数ヵ月前の面影は感じられなかった。
「ミライさんのお母さん、お久しぶりです。店は大繁盛ですね」
「はい。あまりに人数が多いので、完全予約で対応することになりました」
お客を回そうとすれば、時間を管理する必要がある。母親の対応は、正しいといえる。
「完全予約には賛否両論があり、試行錯誤をしている状況です」
完全予約にすると、利用できる時間は限られる。ペット好きの人には、物足りないのではなかろうか。
「ミライさんはいますか?」
「納期の迫っている絵を描いているので、今日も不在となっています」
重労働から解放されたら、絵を描く仕事に翻弄される。ミライの生活は、楽になることはないのかもしれない。
「ミライは6勤1休で、絵を描いています。たくさんの人に絵を届けるために、必死に頑張って
いるみたいです」
多くの人に絵を届けるのは、ミライの律儀さを現している。アカネが同じ立場なら、少しくらいは待たせてもいいかなと考える。
「絵の評価はうなぎのぼりで、1作品で1000万ゴールド以上になることもあります。将来的には2
000万ゴールドを超えるかもしれません」
絵を描くだけで、ご飯を食べていける人は稀だ。ミライは天性の才能を持っているといえる。
「将来的には家を出て、一人で生活するみたいです。母親としては寂しさ、嬉しさの両方の感情があります」
自立することを喜ぶ半面、傍からいなくなる寂しさもあるのか。母親だからこその、感情といえるのではなかろうか。
「母親としては、一つだけ悩みがあります」
「それは何ですか?」
一人生活のことかなと思っていると、まったく違った答えが返ってきた。
「恋愛に興味を持たないことです。このままだと、独身で終わりそうです」
ミライは結婚願望がなく、お見合いにも消極的である。運命の相手が現れない限り、結婚する
ことはないと思われる。
「ミライがお金を稼ぐようになると、家庭内の立場が逆転しました。こちらとしては、お見合いを進めることもできません」
娘のお金で生活しているため、機嫌を損ねるようなことはできない。母親としては、辛い状況といえる。
「セカンドライフの結婚年齢の上限は、30歳くらいといわれています。5年以内に結婚しなければ、独身で生涯を終えることになるでしょう」
日本では平均初婚が30前後となっている。30歳が結婚の締め切りなら、大半の人は独身のままで終わることになる。
「フタバ、ハルキみたいに結婚してほしいです。母としては、それを願っています」
ミライは火傷をしていたため、結婚する機会を失った。彼女だけに原因を求めるのは、酷な印象を受ける。
「アカネさんは、結婚しないんですか?」
思わぬ質問が飛んできたので、たじたじになってしまった。
「私は・・・・・・・」
しばしの沈黙ののち、アカネは現時点の感情を打ち明ける。
「結婚しません」
現実世界では恋愛に興味を持っていたものの、「セカンドライフの街」に来てからは、結婚願望は失われていった。絶対に結婚しないとはいいきれないものの、確率としてはほぼ0に近い。