第6話 突然の来訪者
転生して一年が経った。
あれから特にこの世界で変わった事はないが、ある噂を耳にすることが増えた。
ー空に天使がいたー
俺は見た事はないが、ロゼに街へ買い物に連れて行かれると、そんな噂を一度は耳にする。
俺がソフィア様から聞いていたのは、世界に危機が迫っているという話で、
悪魔ならまだしも天使がそれと関係があるかは分からない。
天使って生前では基本いい存在として扱われていたし…。
そんな俺は最近、誰かが自分に迫ってきている感覚があった。
生前、アニメを見ていたせいで変な妄想をしているだけかもしれないが。
そんなアルクトゥルス家はというと、相変わらずだ。
父のアホ面を拝み、ロゼのご飯出来たわよ〜の掛け声で食卓を囲む。
一つ変わった事といえば、文字が読めるようになってきた。
魔導書や神話の絵本など、音読してもらわずとも読めるようになった。
魔導書によると、この世界の闘う術は基本的に魔術、剣、銃などがあるらしい。
魔術、剣、銃は単体でも十分戦闘できるが
魔術を剣や銃と絡めて使用するのが一番なんだとか。
赤子なので、知識だけが無駄に増えていく。いや無駄ではないか。
とにかく、俺の異世界転生ライフは平和で、凄く幸せだ。
しかし、幸せはそう長くは続かないものだと、生前から俺は知っている
今夜もアルクトゥルス家は家族で食卓を囲み、食事をしていた。
アイズがいて、ロゼがいて叔母さんがいて。
アイズとは父の名前だ。なぜか俺はアイズの事だけは父と呼んだ方がしっくりくる。
そんな何気ない空間に突然物音が響いた。
「ドンドンドンッ!」
誰かが家の入り口をノックしている。
アルクトゥルス家に夜の来客があるのは珍しい。
「俺が行く」
珍しく真剣な表情で父のアイズが入り口へ向かった。
たまには頼もしいな。
ロゼは俺を抱きかかえ、不安そうな面持ちで入り口を見つめていた。
アイズが扉を開けた瞬間、そこに立っていたのは女性だった。
何だ女性か…と安堵しているのはどうやら俺だけだった。
「おっお前は…っ!」
凄く焦った表情をするアイズ。不倫相手か何かか?
まあ、世界は違っても男という生き物は変わらないのか。
外にいる人、めちゃくちゃ美人だし。
「どうも〜!皆んなのお姉さん。エッキドッナで〜すっ!!」
にこにこと笑いながらテンションの高い挨拶を聞き、
はい、、?と拍子抜けしているのもどうやら俺だけのようだ。
そして自己紹介を済ませた本人は、自分が凄くスベっている事を察した。
「ちょ…ちょっと!何で誰もツッコミ入れないのよ」
不満げな顔をしつつ、口をぷくっと膨らませた女性はそのまま
ズカズカと家に入ってきて俺の顔を眺め…この子かぁと笑った。
その時、俺は直感的に理解した。最近感じていた何かが迫ってくる感覚は妄想ではなかったと。
「何のようですか。エキドナ」
意外にも、ロゼはアイズより堂々とした振る舞いで言い返した。
その返答に、エキドナは顔を赤らめながら、寂しそうな表情で何よ!と席に座った。
何よと思うのはこっちのはずだが…。
アイズも何故か入り口から戻りそのまま椅子に戻った。
いつもの食卓を囲む家族。いや、今日は1人多い。
しばらく沈黙が続き、その沈黙を破ったのはロゼだった。
「それで、何の要件よ」
「やだあ。数十年ぶりの再会だっていうのに冷たいわ」
その女性は凄く上品で…妖麗で…。
一目で一般市民ではないことが俺にもわかった。
しかし、数十年ぶりってどういうことだ?
こんなあからさまに地位の高そうな人物と両親は知り合いだったのか?
「私達はもう足を洗ったし、子供もいる。エキドナも早く足を洗いなさい」
普段の子育て中には見せない大人の顔でロゼは話す。
何となくロゼはこっちの表情のほうが似合う。
そんなロゼの話を、エキドナは私を好きにさせられる男なんて存在しないわと優雅に語っている。
俺はというと、そんなエキドナに見惚れていてずっと見ていたせいか
途中、ほら…あなたの子供も私を見て発情しているわなんて言い出していた。
もちろん、エキドナはロゼに引っ叩かれていた。
そんなことより、足を洗うって俺の両親は何者だったんだ?
謎が深まるばかりだ。険悪のムードだと思いきや、今では食卓を囲んで話している。
どうでもいいやり取りがひと段落つき、エキドナが真剣な表情で再び話した。
「今日ここに来たのは、貴方達の子供に用があったからよ」
俺に用?まだ赤子だぞ。
エキドナの発言に、ロゼとアイズは問答無用で言葉を返すと思ったが、
何かを察したように険しい表情をみせた。
「噂には聞いていたけど…やっぱり、この時がきてしまったのね」
それからしばらく、話を聞いていると色々な事が分かった。
エキドナと両親は昔、仕事仲間だった事。
天使と呼ばれている存在の目撃情報が増えている事。
エキドナがこの一件を龍王に任されている事。
この件について1年前から調査を進めていた事。
どうやら俺はエキドナに引き取られる事。
さらにこの件は最悪、世界を変えてしまうとも話していた。
そして俺が1番気になったのはこの話をしている間、
アイズは一度も口を開かず、只々…自分の過去を悔やむ表情をしていた。
ロゼもそれを分かっているのか、特に口を開かないことについては触れない。
多分、これが俺がソフィア様から聞いていた世界の危機だろう。
聞いていた『闘気』の話とは少々違うが、それでもこれがやばい事くらい分かった。
一年間平和に、何より大切に親の愛情を受けて育っていたからか、凄く怖い。
「グスッ…エェーン…!!」
泣いてしまった。
人はある日突然、本当に突然死んでしまう事を俺は知っている。
蘇る死への恐怖と、転生する瞬間に誓った生きてやるという強い決意が入り混じって泣いた。
ただ…この涙は決して恐怖が強い涙ではなかった。
「ロト…お前に罪はない…ごめんな…」
そう俺に話しかけたアイズの顔は、今にも泣きそうな顔をしていた。
ロゼも続けてごめんねと俺に謝っていた。
俺が転生者とは知らない2人からしたら、
産まれたばかりの自分達の子供と別れるって話だもんな。
話せるようになったら言ってあげたい。
大丈夫だよ。決して俺は捨てられたなんて思ってないからと。
それを伝えられる日までエキドナの元で頑張ろう。
固く決意をしたその夜、
俺はエキドナに抱えられエキドナが宮司を
務める龍神祭宮へと向かった。