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練習

「こうして…こう!」

 ルーチャが思いっきり蔦を放ると、上方の木の幹へと絡みついた。そのまま蔦を引っ張って感触を確かめると、蔦はほどけずに絡みついたまま。納得したように頷いてすいすいと木の幹を登っていく。

「よし、随分とうまくなったな!」

 数十分前とはうって変わって、軽快な身のこなしで高い木のてっぺんへと駆け上がっていくルーチャの様子を見ながらエリゼオは頷く。
概念的だった魔女の魔法の練習に比べて、この木に登るという芸当は分かりやすい。時間をかけ練習さえ重ねればきっとできるということで、ギリーとルーチャは練習することとなった。どのようにして蔦をひっかければよいか、木の幹を蹴って上がっていけばよいのかをエリゼオから教わり、ルーチャはすぐに飲み込んで上達していった。

「よっと」

 ギリーもたどたどしいながらも、樹上にあがる術は身についた。ルーチャ程ではないが、実用性のあるギリギリの速度では出来るようになっている。

 そうして樹上にあがり、一休みしている二人の元へ、一人の少年がやってくる。

「二人ともうまく出来るようになったな!」
「ああ、何とか」
「レストリー、よくこんなのを一発で出来たね…」
「そ、そうか?へへ…」

 レストリーは頬を掻きながら笑っている。実際、蔦を使った木登りが出来るようになってみて分かったが、並大抵の人間では一発ですいすいと出来るようなものではない。蔦を引っ掛け、それを引っ張って樹上へ駆けあがるという行為は物理的にも精神的にも壁がある。それを難なく超えることが出来るこの少年の能力は天性のものなのだろうか。

「レストリーは一体何してたんだ?」

 ギリーとルーチャが練習している間、レストリーはただ見ていただけではなく、エリゼオに連れられてどこかへと行っていた。

「へへへ、見てろよ」

そう言って自信ありげにレストリーは両手に蔦を持つ。一息ついたのち、木の幹に向かって蔦を放り、絡ませる。蔦が絡まったのか確認は木へと駆け寄りながら行い、そのまま地面を蹴って幹を駆け上がっていく。ここまではギリーとルーチャがやっていた動作と大差ないが、二人の動きと比べて圧倒的に速い。エリゼオのやっていた動作よりも速いぐらいだ。たった数十分でここまで差がつくとは思わず、二人は唖然としながらその動きを見つめている。

「速い!」
「へえ、凄いな!」

 あまりにも綺麗な動作をみて感嘆の声を漏らす二人の隣にエリゼオが立って答える。

「ここからだ」
「え?」

 疑問符を投げかける二人を置いて、エリゼオはレストリーの方をただじっと見ている。ここから何かあるのだろうか。彼の様子を見ていると、どうやらレストリーは速く駆け上がれるようになっただけに終わっていないらしい。二人は再びレストリーの方へ視線を戻す。

 レストリーは樹上まで駆け上がると同時に巻き付けていた蔦に触れる。高い木に登っているためにいったい何をしたのかは分からないが、蔦はさっきよりも緩んでいるのがかろうじて見える。

少年は木の幹を強く蹴り、飛んだ。少年の小さな体が宙に浮く。蔦はさっきまで両手で持っていたのに対して、片手で持っている。緩めて持っているのか、手からするすると蔦が離れていき、人二人分ほどの長さになる。
蹴った勢いが消え、レストリーの体が重力に従って落下を始める。少年の体は蔦を巻き付けた幹を軸にして勢いよく弧を描いていく。ピンと張った蔦を握ったまま体は速度を増し、幹の真下をくぐって最初に下りた側とは反対方向に動いていく。

 ギリーもルーチャも黙ったままレストリーの様子をただじっと見ている。口をつぐんでいるのではなく、ここからどうなるのかが気になってそちらに思考を持っていかれているが故だ。

 3分の1ほどの弧を描いたところで、レストリーは蔦を思いっきり引っ張った。すると蔦が木の幹から離れ、少年の体が完全に宙に投げ出される。レストリーは恐ろしく速い手つきで蔦を手元へと戻す。

「よっと」

 声と共に、別の木に手を振りかぶった。さっきの木から離れたばかりでレストリーに引っ張られるまま、ゆらゆらとたなびいていた蔦に再び力が加えられて別の木へと伸びていく。

放られた蔦は新たな木の幹へと巻きつき、レストリーがそれを引っ張ると新たな木を軸にして体が再び弧を描いていく。

そうしてレストリーは蔦を使って木から木へと次々に飛び移っていく。あまりにも無駄のない洗練された身のこなしは、まるでこの森で生まれ育ってきたかのような慣れを感じる。

「このたった数十分であんなことが出来るようになったの?嘘でしょ…?」
「すげえ…」

ギリーもルーチャも唖然としている。突然目の前で繰り広げられる仲間の曲芸に圧倒された。

「ワシも教えてみてびっくりした。エルフでだってあんなことをできるのは一握りしかいない。そのできる奴らだって何日、何か月、中には何年と練習してやってできるもんなんだ」

そうして話している間にもレストリーは蔦を振り続け、あっという間に姿が見えなくなっていった。

「彼は元々そういう世界にいた、とかそういう種族だったりするのか?」

 エリゼオが聞いてくるが二人は首を振る。レストリーの出自や出身を知っている二人だが、心当たりは一切ない。彼の生きてきていた環境を考えると、そもそもこれほどまでの大きな木に触れることだってなかったはずだ。あの身のこなしはまさに天性のものとしか言いようがない。

「彼は本物の天才なのだな」

 既に見えなくなったレストリーの飛んでいった方向を見ながら、エリゼオは呟いたのだった。

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