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エフィーニ

エリゼオの言った通り、この世界におけるレストリーのセンスには光るものが見える。植物好きが功を喫したのだろうか。
 不思議なことに、自然と接してきた年月はギリーの方が上だ。だが、この3人の中では一番習得に時間がかかったのもギリーだ。どうやら自然と接してきた年月と蔦を用いたアクションに対する修得の速さは関係がないのだろうか。
 レストリーはその代わり、魔法を使うことが出来なかった。こうして異世界を転々としていると、各々が何に向いているのかが顕著に出てくる。景色を見るたり現地の人々と話すのもそうだが、こうして自身に何が適しているのかを知ることが出来るのもまたこの旅の醍醐味なのかもしれない。

 しばらくすると、レストリーがギリー達の元へ帰ってきた。

「凄いな!レストリー」
「だろ?!やってた俺が言うのもなんだけど、想像以上に体が動くんだ。この蔦を使っての動きなら何でもできる気がする」

 気分が高まっているのか、レストリーは少し早口でしゃべった。

「ワシらはその蔦を使った動きを『エフィーニ』と呼んでいる」

 エリゼオが言った単語を三人が繰り返した。

「エフィーニ?」
「ああ。はるか昔から受け継がれているエルフの技術なんだ。名前だけが受け継がれてきたせいで、どういう意味なのかは不明なんだがな」

 ちゃんとした名前があるらしい。しかし意味が分からないとはどういうことなのだろうか。こういう言葉の意味というのは漠然とでも伝えられていそうなものだが…

「意味が不明ってことは伝えられてなかったってことなのか?」
「いや、伝えられてはいたんだ。ただ、家庭ごとで教え方が全く違っていたせいで、皆全く違う内容を口にするんだ。蔦遊びっていうやつもいれば、狩りっていうやつもいる。求愛行動とかいったのはさすがにおふざけだろうが…そんな感じでちゃんとした意味が分からなくなってるんだ」

 年月を経るとともに分からなくなっていったということらしい。次の世代、次の世代へと口伝として伝えられているうちに伝言ゲームのように少しずつずれが生じて、気づけば何が本当かわからなくなったという少し間抜けな話だ。

「そのエフィーニってのはエルフたちにとっては伝統的なもんなのか」
「そうだな。本来は子供たちが遊びとしてやったり、狩りの技術として修得するもんなんだ。今回は怪物から逃げるための方法として身に着けてもらったがな」
「逃げるための方法?」
「そうだ。今回の作戦においてバームルを倒し損ねた場合、ワシらは逃げねばならん。走って逃げれば、ずっと追いかけられ続ける可能性がある。奴がどんな基準で、どんな仕組みによって動いてるのかは未知数だからな。しかし、木の上に登ることが出来れば、生存率は格段に上がる。奴は樹上に対してどうする術もないからな。それで少し時間をかけてでもここでこの技を身に付けてもらった」

 こうして謎の訓練をさせられた理由が初めて明らかにされた。もちろんただのよく分からないままこの芸当の練習に取り組んでいたわけではないが、想像していたよりもずっと大事なものだったことに驚きを隠せない。だからこそギリーやルーチャが出来るようになるまで、根気よくエリゼオは教え続けていたのだ。出来なければ、命にかかわる可能性があるから。

「最低限身に付けてほしかったのは、木の上に上るという芸当。そしてあわよくば全員が移動手段であるレストリーのあれを修得してくれれば、移動も一瞬になると思ってたんだが…」
「オレとルーチャが、今すぐにあんなアクロバティックな動きを身に付けられるなんてのは無理だろうな。木に登るので手いっぱいだ」
「そのようだな」

 レストリーのやったあの芸当が出来れば確かに一瞬で移動が出来るのだろうが、あれを今からやっていては日が暮れるどころか、何日もかかるだろう。作戦決行はすぐそこに迫っている最中に悠々とそんなことをしていられる暇はない。

「少し時間を食ったが…これぐらいできるようになれば上出来だな。行くぞ」

 そう言ってエリゼオは満足そうな表情で頷き、すたすたと森の奥へと歩いていく。ギリーやルーチャもかなり早く修得できたはずだと思っていたが、エリゼオにとってはそうでもないようだ。これが遅いというのであらば、エルフは皆この芸当をほんの数分で身に付けられるということになる。エルフたちの身体能力というものは計り知れない。

 エリゼオについて行き、4人は再び森を歩いていく。

「そういや、住居区のとこじゃこの蔦を持ってるエルフなんかいなかったな。移動に使うんだったら、何であんたみたいな兵士の格好をした者しかそれを持ってなかったんだ?」

 確かにそうだ。移動に使うのはもちろん、子供たちが狩りや遊びに使うのなら、なぜ一人も持っていなかったのか。数人どころか、全員持っていてもおかしくはないはずだ。だが、この蔦を持っているのは兵士の格好をしたもの数人だけだった。

「現状入手が難しくなっているからだな。もともとこの蔦は居住区以外の場所に生えるんだが、バームルが徘徊している現状だと採取に行けなくなってな。皆の身の安全を考えた結果、俺たち警備兵だけが採取できる地点に来れることになってるんだ」
「この蔦をみんなにあげたりするってのはどうなんだ?」
「それは出来ないな。残念ながらこの蔦は切ってから数日間しかこの強度を保てない。以降はどんどん枯れてしなびていくから使えなくなっていくんだ」
「そっか。そりゃ植物だもんな。切ってから数日間持つだけでも十分なほうか」
「はやくバームルを倒して、またみんなでここに来たいもんだ」

 元々はこの森は子供たちの遊び場だったことを話しながら、歩いていくのだった。

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