繰り返される悲劇
「わし金時も新政府がたの妖怪です」
妖怪商人であるが、
「お断りしたい……です」
「そんなことを言える立場なのか、お前は!」
老人はしゃがれ声で荒ぶる。しもべの敵意も増やしたらしく、猫魔の舌が加梁の顔をなめる。そのとき異変は起きた。
「嫌ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
深雪の叫びに猫魔はもちろん金時も怯む。おぞましい光景が脳裏を過ぎる。雪女が怒れば、誰ひとりとして生き残れない凍りついた世界が生まれる。これ以上刺激してはならない。
「まて、早まるな」
老人は自らも落ち着かせるように低い声でなだめながら、術で深雪の妖力を抑えようとする。効力はだんだんと現れ、深雪は
「加梁を離してください……それと、これ以上加梁と戦わないでください。それが条件です……」
条件の一語に深雪が落ちたと解釈する。なら金時は退ける。老人は辺りを見渡すと、竹の水笛を拾って深雪に投げる。加梁の服のポケットから零れたらしい。
「大事なものじゃないのか?」
「受け取らせて……頂きます」
老人は上機嫌になり骨ばった指を鳴らす。猫魔の姿は消え、深雪も宙に開いた
加梁は気付くと町屋で倒れている。商人の売り買いの声が聞こえてくる。賑わいは戻っているようだ。隊長が加梁のもとに来て、討伐に対する労いをかけてくる。しかし上の空に思える。
「深……雪?」
「誰だ? その者は?」
隊長の記憶からは深雪の名前が消えてしまっている。同行もしていない者は理解されない。加梁は深雪のことを話してもいないことになっている。
「今までありがとう……でもこれで良かったんだ」
加梁は笑顔を取り戻し、次に警備する若松城下に向かった。
9月になると、会津藩と同盟していた米沢藩や庄内藩が降伏する。残ったものは榎本武揚たちと函館に向かう。玄武隊は会津の戦いに参加するも、目立った活躍なく全滅する。こうして雪の降る月を迎えることなく全ては終わった。
無の空間に灰色がかった風景をみる。何か進んだかというと何も変わっていない。突きつけられる現実に戦いの空しさを知る。
「輪廻なきあなたはこの空間を繰り返す。」
記憶が投影されて人影が語りかけてくる。加梁の輪郭がうっすら見える。時間に早送りがかかり、深雪の姿はもとの姿に戻っていく。
「この
光に包まれ……
ふいに深淵から深雪を咎める声がする。
『いけないね』
何を咎められたか分からない。どんな関係の方なのだろう。
「あなた誰です……?」
「仮に奈落の神様、奈落と呼んでもらいたいな」
その声の主がボウっとした光を放ちながら現れる。
奈落とは演劇でいう舞台裏のことで、神がいるとされている。深雪は奈落に理由を聞く。聞く権利は持っているはずだ。
「キミは決まった区間を往復する存在なのさ。キミは雑貨店の雪女だから、
加梁と会う権利さえ奪おうとする。
「でもね。現実は大石医院で寝てるだけだよ。狐が呼びに来ただろ? 大石文吾が玄助に起こす手伝いをさせただけさ」
どうやって知ったのだろうか。欺瞞《だまし》だとしたら許すわけにはいかない。確かめるために行動を起こし、何か感情を持ってもらいたいと思う。
奈落は付近の温度が下がるのを感じながら、べらべらとまくしたてる。
「まった。ここで吹雪でも吹かそうってのかい?」
「ここで吹雪を吹かせたところで凍るのは足元くらいさ。ここは何もないし本当は神もいないんだ。」
「いない神は黙ってろって? 悪いけどこれが性分なんだ。」
「許婚って不思議なシステムさ。深雪の所と小野田家に何かあったのかい? 何もないだろう?」
「それでいて江戸時代の商売……お得意様の関係でそうなっちゃうんだ。本人同士がそれでいいならいいけど」
「あっ余計なことを喋るなって? でも最後まで喋らせてもらうよ」
自身の存在が曖昧なことを説明しながら、深雪を別の方向に
「人は輪廻とか生まれ変わりとか信じているけど大馬鹿さ。見たこと以外は信じちゃいけないよ。見れなかったものは何もないんだ」
「ですが、わたしはこの空間を繰り返しています……」
白い面に
「おっと時間だ。また後でね」
奈落は消え、次の幕があける――