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黒狐と金時

 奥州街道の途中には茶屋がある。隊長に休憩は反対される。しかし玄武隊の資金で食べるわけではなく、深雪が持ってきた資金で食べるからいいだろうということになる。

「薄皮饅頭が名物だそうです」

言われるまま茶屋の饅頭を大人買いし、玄武隊の参加者に配る。

「深雪さん、ご馳走様です!」

この中の何人が生き残れるのだろうか。儚い笑顔に深雪は心を痛めた。
 その日の晩、深雪は不思議な夢を見る。今が夢なので夢の夢と言ったらいいのかもしれない。黒毛の狐が出てきてしきりに深雪に何か語ろうとしてくる。

「今のままじゃ深雪が死んじゃうよ」

そのような話をしたいらしいが言葉になっていない。

「く……ろ……?」
「あっちに行く前に戻ってきてね」

狐は飯盛山という場所の方角を示す。

「どうやって戻るのです……?」
「知ってるくせに」

狐は身を翻すと茂みに飛び込んだ。

 二本松場内には日影の井という井戸があり、近くに天河大弁財天の祠がある。
天河大弁財天は奈良のものが有名だが、芸能の神様で縁結びにもなるそうだ。

「何祈ってるんだ?」
「秘密です」

緊迫している時に縁結びなどと言うと周りの視線が突き刺さる。戦争の神様ではないから、勝利を祈っていると言っても間違いだと言われる。
加梁(かりょう)の安全を願っているのではと思われるくらいが丁度いい。

 6月になると二本松城での戦いが始まる。会津に親しい白河藩は既に破れ、奥羽列藩同盟が戦地に姿を見せるようになる。玄武隊はやはりここでも周辺の警備に当たる。しかし奥羽列藩は私闘をするようなならず者たちも含まれる。不安は増大する。

「迷っておるのか?」

近衛がやってきて深雪に次の行動についての話を持ちかけてくる。

「ええ、ですが戦いには問題ありません」
「そうか安心した」

城下には妖術を使う金時という者が来ている。討伐を依頼される。

 深雪は加梁(かりょう)と城下警備に出る。町屋はひっそりとして人の気配がない。

「おかしいですね」

町屋なら商売の声や子供たちの声があっていい。近くを猫が通るので、加梁(かりょう)は冗談半分に住民は何処に行ったかと声をかける。猫の目は見慣れない色をしている。

「いけない……それは猫魔です」

飼い猫に化けているこの猫魔は、会津の妖怪。体長は数メートルになるともいう。急激に元の大きさに戻り、加梁(かりょう)に覆い被さった。

「よろしくないですな。勝手な事をされては」

町屋の古戸が開いて、しわだらけの老人が姿を現す。
 老人は人質が得られたことに満足しながら自己紹介を始める。

「わしは金時。しがない妖怪商人です」

しきりに名門であるとか、格が高いという話をするが、深雪の耳には入ってこない。

「何を以って勝手なことと言うのでしょうか?」

金時は深雪が幕府に力を貸していることを非難し、破滅でしかないと告げる。

「閻魔庁の許可はとってあります」

幕府軍はその当時は閻魔庁と良好な関係にあった。深雪が横丁以上に越境することは、過去に幕府側によって認められている。

「幕府方の許可ではもう駄目なのです。新政府方が……」

既に閻魔庁は新政府軍と結びついているという。深雪はもはや認められない存在なのだ。

「何を言いたいのです……」

深雪の苛々が付近の温度を下げる。

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