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鼠より手弁当

 4月になると、土方らは宇都宮城を攻略完了する。いまだ戦闘のない玄武隊は宿舎でやきもきするしかない。

「新政府軍が取り返しに来ますよね」
「ああ。それだけではない。金時(きんとき)という者が妖しを野に放ったと聞く」

妖怪は一般的ではない。世を乱すものがいるという認識でしかない。それでも手の空いている玄武隊は討伐を依頼される。宇都宮城のある下野国は今の栃木県の東部と北部だ。廃藩置県は明治4年に制定されるので今はまだ下野という。烏山には雷獣の伝承が残っている。

塔季(とうき)のような妖怪商人が暗躍しているのでしょうか……」

他を知らずに名前を出してしまったが、深雪の意中の1人というわけではない。まだ成人もしてない時期であり、加梁(かりょう)が知るわけはない。

「塔季とやらは知らないが、民を護るのも幕府軍の役割になる」

深雪は加梁(かりょう)と出没地点に出向く。
 烏山はまだ未開の地で草木が鬱蒼(うっそう)と茂る。キャンプにはいいのかもしれない。

「お弁当は持ってきてあります。雑穀ごはんと野沢菜です」

深雪がガールスカウトのような雰囲気で言うものだから、加梁(かりょう)はやや頬を赤らめる。和んだの僅かな時間の間だけで、再び緊張状態になる。

「雷獣だ」

容姿は巨大な鼠。加梁(かりょう)滑腔(ゲベール)銃を取り出して構えようとする。深雪は彼を押し留めて前に出る。

「弾薬は新政府軍との戦いにとっておいてください」

付近は急速に冷えてくる。

 雷獣は深雪の脳に直接語りかけてくる。思念を送り返すことは深雪の得意とすることで、こんな形でも会話が成立する。

「お前は人間ではないな? 何故肩入れする?」
「それは雷獣様も同じではないのですか?」

烏山の妖しが宇都宮に出てくるのはおかしい。かの獣も新政府軍の金時に雇われたのならば肩入れになる。しかし妖しは相手の意見を受け入れない。深雪の言葉はなかったかのように話が続けられる。

「では身をもって罪を背負うがいい」

木のうろから神仙丸(ドーピング)を取り出す。この図体が大きい廿日鼠は40cmほど跳ねる。薬によって5倍は跳べるようになる。
 ところで丸薬をバリバリ食べる雷獣は少し可笑しい。格の差という余裕もあるし眺めながら言いたくなる。

「人様のように薬に頼るものではありません」

深雪の言葉は不快に思われたらしい。半ば雷と化し、地を蹴って宙に舞う。仕方なく腕を振るうと、巨大な氷が現れて空中に留まる。雷獣は叩き落され叫び声を上げながら消滅した。耳障りはよくない。
 加梁(かりょう)はひゅうと口に手を当てて驚く。

「同級生時代も見たが、凄いな。西欧で流行っているのか?」
「いえ、古来の儀法です。それより向こうに見える花畑に行きましょう。お弁当が古くなってしまいます」

加梁(かりょう)は銃を鞄に仕舞うと、楽しみな表情を見せた。


 戦況は悪化する。土方は足を銃で撃たれ、新政府軍は宇都宮城を取り返す。玄武隊は会津藩方向に移動をはじめ、加梁から話があると言われる。

「深雪、お前は国に帰れ」

隊長は正攻法を望み、深雪は使ってもらえていない。今なら玄武隊とは無関係という状態で雑貨店の場所に帰れる。だが深雪は首を横に振る。

「いずれ戦いは終わります……今だけ耐えてくださいませ」
「そうか」

加梁は曇り空に視線を移す。ところで加梁自身も、宇都宮に来る前までに玄武隊を離れるという選択はなかったのだろうか。
 飛ぶ鳥(おやどり)が近くの木から巣に舞い降りる。

「親の期待を背負っているんだ。この身はこの身だけの物ではない」

上士より少し位の低い下士の子供。平穏な江戸の世では親の出世はなかった。今は戦乱の時。未来はないのかもしれない。戦わないというのは上の世代の心を踏みにじることになる。このまま生きて帰って来たとしても、下士すら失えば親の立場は無くなる。
 木の巣を見る。雛はいつまでも餌を受け取ろうとしない。

「……拘っているわけではないのだがな」

親鳥は餌をその場に置くとまた飛び立った。

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