僕はもう来ない
その日伊織は初めて『病室の外に出るな』と言われた日以来初めて真也に「面会に来た」と告げることが出来た。その一言を伝えるため伊織がどんな苦労をしたのかは誰にも分からない。伊織にとってその一歩は大きなものであったのだろう。
だが伊織はその言葉を伝え終わる前に真也から発せられた次の言葉で絶望することになる。
真也は笑顔で答えたものの、その笑顔は明らかに無理をして作ったものであり伊織はその瞬間悟る。
『面会に来られないほどの、何か大変なことがあったのだ』と。
だが、それを理解しても伊織は諦めることだけはしなかった。
翌日、その次も伊織は面会に訪れる。
しかしその度に伊織は同じ話をさせられる。まるで、お前が来るとまひるを悲しませるだけなのである、と諭すように。
その度に「僕はもう来ない」と告げそうになるのを抑え「分かった」と答える。だがその言葉を伊織が飲み込む回数が増えるにつれ、まひるの表情は曇っていくばかりだった。
そんな状態のまま月日は過ぎていき真也の体は痩せていくばかり。ついにはベッドに横になり、自力で体を起こせなくなってしまった。
まひるはもう、真也が自分の姿を見てくれるだけで良い、と願うようになり、「お兄さんは、私なんかのために頑張らなくていいんだよ。お兄さん、優しいもん。私の事考えてこんなに弱ってくれちゃったんでしょ? 私、嬉しいよ?」そう言って優しく真也の手を取るまひる。
だがそのまひるの目にも光るものがあり、真也は何も言えずにいる。「ごめんね。お兄さん」とまひるが謝罪をすると今度は伊織の番になった。
ある日、いつものように沈んだ面持ちの彼に、とうとう伊織が口を開いた。「なぁ間宮。もういいよ。そんな風に気を使ってもらえる方がまひるは辛そうだ。ま、まあ、僕が来た時だけだけどな」
伊織の言葉に真也は一瞬目を見開く。が、伊織も咳をする。その声色が女の様に甲高い。真姫と同じ様に風邪を引いているのだろうか。
真姫は風邪を引くどころか寝込むこともなかったが、きっと同じ病気なのだろうと真也は推測した。
真也はゆっくりと首を振り、そして真那と同じように、静かに涙を流し始める。「……っ、俺は……」真也の頬を雫が伝う。真也はそれを袖で拭った後……その袖を顔に当て、涙をこぼし続けた。
まひるはその姿を見た瞬間、真也と同じような症状が出ている事を悟り顔を真っ青にした。
その日から数日後、真也は死んだ。
最後の最後で真也が漏らした本音を耳にし、伊織は泣き崩れた。『まあ、男同士だしね。しょうがないよね……俺も覚悟を決めますわ』
彼のその言葉が何度も頭の中を反吐し、彼のいない世界などどうでも良くなっていくのを感じていた その瞬間だった。
突如彼の頭に聞き覚えのある女性の声で「おーほっほ!ざまあみなさい!」と聞こえたかと思うと……辺りの地面が、建物が揺れる 地鳴りは止まらず……そして、次第に大きくなるその音に耐えかねた人々は次々と耳を塞ぎその場にしゃがみ込み……ついに建物の崩落が起きる。
轟々と立ち上った土煙に思わず真也も手で目を覆ったその時……。……再びあの女性の高笑いが聞こえる
『お ま た せしましたわ!!!!』
**
***
真也の意識が再び覚醒すると同時にその脳裏に浮かび上がる記憶。……それは決して真姫とのものではない、初めて聞くその声。
真也はその声に導かれるまま……その瞳をゆっくり開いた そこには……先ほどまでとは一変した、巨大な『城』が鎮座していた。
その『巨塔の如き姿に真也は圧倒されるものの、同時に既視感を感じる。
(これは……どこかで……)
その城は中世ヨーロッパを思わせる外観であり……そして何より、その城壁の上から覗かせる無数の旗印は、紛れもなくこの国の軍を示すもの。
(この特徴的な紋章……間違い無い、あのゲーム……『プリンセスメーカー4(以下プリメイラ)』に登場する国の紋章……!まさか……ここは本当に異世界なのか!?)
「さあさあ皆さんお待たせいたしました!! 今年もこの季節がやって参りましたァ!」司会が叫ぶ。それに呼応するかの如く会場が歓声に包まれる。真也はこの光景を知っている気がした。だが、どこで見たのかを思い出すことは出来なかった。
真也は再び周囲を確認すると、ステージにはマイクスタンドと椅子、テーブルが置かれていた。
ステージ前には沢山の人間が群がり……その視線は全てこちらに向けられている。
「これよりィ、『プリンセスメーカー・ファンイベント特別競技・姫取り合戦!!!〜真夏の祭典、開催!』を始めまぁす!!」
大観衆の熱気の中、真也の頭の中には様々な疑問が次々と浮かんでいく
(なぜ俺達は全員男のはずなのに女になっている?なんでこんなことになった?)
(俺の記憶が確かなら今日はまだ月曜日のはずだぞ。どうして学校じゃなくここにいる?)
しかしそんな混乱している彼を他所に司会は続けていく
「では参加者のお二人に登場いただきましょう!」
その掛け声とともに背後にあった幕が引き上げられるとそこには……真也と同じく戸惑っている美咲とレオノワの二人が立っていた
「おおおッ!今年も来ましたなァ!今年からの参加はお二方です!どうぞ自己紹介の方お願いします!」
そう促され先に口を開いたのは……レオノワだった。彼女はゆっくりと立ち上がり、スカートをひらめかせながら振り返る。
その動作一つで彼女はその場の雰囲気を支配するかのように見え、周囲の男達からは感嘆の声が上がる。
「私の名前はレオナだ」
彼女はそれだけいうと自分の服の襟元に指をかける。するとその下に隠れていたものが曝け出される。それはレオナが着ているのはワンピースドレスであるが、その下にさらにセーラー服を来ていることを表す膨らみだった。……そう、彼女も真也と同様セーラー服を来ているのだった。
「趣味は読書と……あと最近は可愛い男の子を探すことだな。よろしく頼む。……これで良いか?」彼女はそういうと、スカートの端を持ち上げて優雅にお辞儀をした。真也の知っている彼女はここまで流暢なロシア語を話すこともなかったし、一人称だって僕だったことを覚えており、その事実は彼女が真也と同じ状況に陥っていることをありのままに示していた。
その一連の動作を見て司会者は手を大きく振り上げ
「いやァ、素晴らしい!さすがロシア人、その佇まいはロシアそのものといった風格がありまして……いやァ、ありがとうございます。
さて、続いてのご参加者は……えェ、日本支部代表、苗さんです」
「うむ」次に口を開いたのは金髪を長く伸ばした男、名を苗というそのエルフはゆっくりとした歩みで壇上に上がり、レオノワと同様に制服を翻しながら振り返る。
「わしの名前は……なんだっけ」
「「「おいコラ!」」」会場の男どもからツッコミが入る
「ああそうだった。ワシは苗であるな」
彼女はそれだけ言うと自分の髪に手をかけ、その長髪を後ろへと持っていく。それはまるで男を誘惑する女の様でもあり……その姿はまた別の美しさを醸し出しており観客の視線を集める。
その長い髪の毛を全て後ろに持ってくると「こんなところであるかの?」と言いつつ手を離す。