レオノワ
真也はまひるの後ろ姿を見てため息をつき、シャーロットと目を合わせた時に浮かべていた冷たい目のまま再び夕食に手を付けはじめた。まひるはどうすることもできず、その背中を不安げに見つめるのだった。
3日が経ったある日。真也の見舞いに、レオノワとアイセアが来た。2人とも、もう大丈夫だと言われていたがそれでもシンヤの事が心配なのだろう。
レイラは来なかった。そのことについて伊織は何も言わずに、むしろ当然といった顔でシンヤのところに来ていた。
真也の左隣の椅子をレイラに用意していたシャーロットは伊織に座られてしまったため、自分の座る場所を失ったとでも思ったのかレイラの右隣に移動することにしたようだ。真也はそのことに関して、もはや文句をいうつもりもなかった。レイラは毎日来てくれたが、真也は「そんなに来てもらって申し訳ない」という気持ちが大きくなり、「ありがとう」としか返せなくなっていたのだ。その分、こうして伊織が毎日のように様子を見にくることは、正直助かると思ってしまった。
また、ソフィアに関しては伊織も「あの後見かけてないな」と言うくらいだったので少なくともまだ日本に滞在していることだけは分かった。
「具合はどうかな、まひる。」
シャーロットはいつもの席が空いたため、嬉々としてまひるの向かい側に腰掛ける。まひるは笑顔を返すものの、その笑顔には力が無かった。
「……お兄さん、元気がありませんけど。何かあったんですか?」まひるの横から美咲が心配そうな声で尋ねた。
美咲としても、こんな真也の姿は想像もしていなかったのである。「うーん。そうだな……なんていうか……」シャーロットは困ったような笑みを浮かべると「実は……」と話始めた。
その内容に、美咲とまひるの顔色が一気に変わる。「そ、そんな……!?」「じゃあ、まひるのお兄さんが今苦しんでいるのは……私たちのせい……!?」
まひると美咲は自分たちが『世界災厄』と呼ばれる組織に捕まりそうになったことが原因だと思い込んでいたが、それでは説明がつかない症状が出ていることが告げられた。
それはつまり、美咲とまひるのせいではない、ということだ。
「お兄さん、まひるたちは悪くないんですか!?」
「うん、多分、俺たちのせいじゃないと思う。
美咲さんたちのおかげかな? 真也はそう言って首を傾げた。
「よかった……私のせいでお兄さんを苦しめてしまっていたかと思いました……。」
美咲が安心したように胸をなで下ろす。「お兄さんの病気も……元を正せばお姉さまの、ええと、『オーバードの研究資料が世間から隠蔽された』からなんですか?」「いえ、それは全く関係が無いわけではないのですけれど…… 私が研究を始めた理由はそもそも『異能力者が生まれにくい世界をどうすれば改善できるか?』から始まっていますのよ。……まひるも知っての通り、私の家は『異能の家系』であり…… その、なんと言いますか……。私も昔はそれなりに強かったんですよ、私……。でも…… シャーロットが言いづらそうにしているとまひるが「お姉ちゃん、私が話す?」と提案する。シャーロットが「いえ、私がお話し致しますわ。私が家出した理由でもあり……私が研究者となった動機でもあるのだから。」と言いながら立ち上がった。
「私が5歳の時にですね……うちの家系に『オーバードーズ現象』が起こったんです。
当時お屋敷はパニック状態でしたわ。使用人も全員倒れていて……私は1人で、お父様の書斎にあった本を読んでいたんですの……」
そう言うとシャーロットは悲しそうな顔をし、目を閉じる。
「そこには…… お父様たちが……オーバードラッグについて書いてありました。……ええ。その……私はそれで……」彼女はそこまで言うと目を閉じ、ゴホゴホとせき込みながら続けた。
「ええ。お察しの通り、お兄様と同じ症状に陥りましたわ。……ええとそれで、その後お父様と口論になってしまい……家を飛び出し、あてもなくさまよって、気がついた時には間宮家の別荘の側で泣いていまして。そこを、真也様に発見され、助けていただいたんです。……その時にお腹がすいて死にかけていたところを、まひるが食べものをくださったのがきっかけで……。まひるに拾われなかったら、私はあのまま死んでいたかもしれませんわね……。……話が逸れてしまいまして……。」
彼女がそこまで語った後しばらく沈黙が続いたが「いや、いや、まあいいんだが、結局どういうことだ。」真也は思わず口を挿む。シャーロットはそれにハッとし「ですから、結局何が起こっているのかと言うと、ええとその、」少し考える素振りを見せた後に、こう締めくくった。
「……誰かが、私が作ったお薬をお水と一緒に飲んだようです。……あ、あの、本当に私のせいではないと思いますの! だって私の研究室は地下ですし、私の机の上以外は散らかっていますもの!それにそれに!」必死に取り繕おうとする彼女を尻目にシャーロットはまひるの方を見る。まひるは何かを思い出そうとするように、天井を見ながら呟いていた。「ええと……私のお姉ちゃんは最近ずっと地下室に引きこもっていたし……私の部屋で何かを飲むときも絶対扉を開けて……あ。」何かを思い出したかのように小さく声を上げる妹を不思議に思いシャーロットは「何か思い出しました?」と尋ねた。すると、真也もまた、何かを思い出し、驚いた声を上げた。真姫がこの数日来ていない事に違和感を抱いていたのだが……それがなぜなのかに気が付いたのだ。
じろじろ見つめられ真也が言った。「ん、何か俺の顔にでもついてるか? ありゃ、声が変だぞ。妙に甲高い。風邪でもひいたか。ゴホゴホ」伊織はわざとらしく自分の腕を抱き「ゲロイン」などと呟いているがその目は笑ってなどいなかった。
真姫も真也が入院していることは聞いており、「毎日お見舞いに行く!」と言った手前行きづらいなとは思っていた。
だが、彼女は真也とまひるが自分が原因で倒れたと思っていたこともあり責任感に燃え、また2人を助けたいという気持ちもあった。そのため彼女としては「行くのが嫌だ。」などと考えることはなかったが……今現在彼女の頭は後悔と不安でいっぱいだった。
何故、行かなかったのだろう。
真也が病気だというのなら……たとえ嫌われようと……自分は彼のもとに駆け寄るべきだったのだ。真也の病状は悪化し筋肉が衰え、なで肩になっている。物腰も柔らかくなったようだ。しかし彼は今も苦しみ、ベッドからは降りられなくなっていた。自分が居ても出来ることは何も無いのかもしれない、むしろ足手まといになるのかもしれない、でも。
(それでも私は彼の側に居るべきだった)
真姫はそう考え唇を噛む。
まひると美咲は『自分達が捕まりそうになったことが原因では?』と言っていた。それはある意味では正しいのだろう。でも、そんなのは自分の感情から逃げるための言い訳にすぎない。
自分のために、彼が苦しい思いをしているなんて……それは一番避けたかったことだったはずなのに。……真也に会いたい、その一心で彼女はようやく立ち上がるのであった。