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俺たちのために、死んでくれて、ありがとう

「いいえ。あの……この事を、警察に言わなくても良いのですか? シンヤ君を、助けてくれると思います」
まひるは不安げに尋ねるが、それに対し、透流と真也は即座に首を振った。その行動に一番驚いたのはまひるである。
「なんで!?︎シンヤ君が死んだんですよ!?︎ シンヤ君は悪くない!みんなおかしくなったのが悪いんだよ!」
シンヤが生きていれば誰も死にはしなかったのだ。まひるはその感情の昂りのままに叫ぶが、それに対して真也が静かに語りかける。「そうだね。まひる。確かに、シンヤがいなければ俺もお前もこの世にいない。……だからこそ、彼をこれ以上辱めるようなことはしたくないんだ。……俺たちのために、死んでくれて、ありがとう。シンヤ」
そう言い残すと、2人はすぐにその場から去って行った。その足取りは重く、悲しみに満ちていた。その姿を見てまひるは自分の発言が誤りだったと反省し、「すいません……」と小さな声で謝罪をする。その言葉に対してレオナは彼女の背中に手を置き、慰めるように優しくさすった。
一方、ルイスとレイラは真剣に話し合う。その手にあるのはスマートフォン。その画面に表示されているのはインターネットブラウザのホームページ。それはニュースサイトのものだった。見出しには『八王子にて、高校生が通り魔殺傷』と書かれていた「……ねえルイス、私達が見た死体の状態って……これじゃない?」
「まさか、いや……あり得るかもしれない。それにここ見てよ、私たちがみたものと全く同じだわ……」
2人が見たものはバラバラになった死体ではなかった。彼らは全身の血が無くなるほどの失血状態で発見されたのである。そして彼らの血液が全て抜き取られていたこと、また彼らが着用していた衣服の一部すら見つからなかったことから警察は事件性がないものとして発表したのであった。「まひるが見たっていう遺体は、恐らくだけど、シンヤの死体ではないと思う」ルイスが出した結論はシンヤにとって希望に満ちたものだった。
しかしそれはシンヤに限ったことでありまひるにとっては違う。その目からは涙がこぼれ落ちる。その様子にレオナとアリスは何も言えずにいたが、そんな中、1人だけが立ち上がった。
まひるの兄である。彼は妹の方を振り返り、口を開く。
「……じゃあ、行って確かめてくる」
「ダメだよ! 行っちゃだめ!! だってまだお兄ちゃんもおかしいんでしょ?だから変なことする気なんだよ!絶対そうだよ!」まひるの声を無視して、彼は部屋から出て行こうとする。そんな彼に、真也が声をかけた。
「待ってくれ、俺も行くよ。
俺なら大丈夫、だから……」
その申し出に対し、彼から帰ってきたのは、まひるからの拒絶だった。
真也視点。彼が自分の部屋へと帰ろうとしていると、まひるに声をかけられる。
彼女の瞳に浮かぶ大粒の涙を見て真也は何がなんでも自分が彼女を説得しなくては、と決意を固め、彼女を説得するべく言葉を並べるが、それは全て彼女に否定された。
(俺は、どうしたら)
彼女の泣きそうな表情を見つめながら真也は考える。するとふと、ある人物のことが頭に浮かんだ。
(ソフィア・サザーランド……?)
シンヤとまひるの父親。彼女が言っていたのは『殻獣災害について、調べた事がある。だから分かることがあるかもしれない』という内容だった。そして彼はそれを自分に対して提案してきている。それはつまり、彼は『殻獣』が『人間に害を及ぼす』ということを理解しており、『殻獣に対抗できる存在がいる』ということも知っているということだ。真也の中で『ソフィア』は、殻獣の存在を知る唯一の人間として、信用すべきか否か迷う。
そして、真也が決断するよりも早くに彼の隣に影が現れる。彼の親友、間宮透だった。
彼は何も考えていないような軽い調子でシンヤに告げる。
「じゃあ俺も行くわ」
その言葉はあまりにも軽薄に真也には思えた。だが彼はシンヤとは違い確固たる信念を持って言葉を発したようだった。
「透は、知ってるのか?」
彼が何を考えてシンヤの提案を受け入れたのか分からなかった。だが彼の目はいつものように笑ってはいなかった。
真也は透の真意が掴めないながらも質問を投げかけたが、それに透が答えることはなかった。彼はまひるをじっと見つめて言う。
「まひる、ちょっとこい」
真也はそれを止めるように手を伸ばし、慌てて透を呼び止める。
「ま、待ってくれ……その、今は、まひるが落ち着かないんだ」
彼の心配する様子を見てか、透は肩をすくめて言う。
「わかった。じゃあ外で待つ。……シンヤは、どう思う?」
シンヤがどう答えるのか、真也は息を飲む。彼がシンヤであればその問いは間違いなく『賛成』となるからだ。
「もちろん、その方がいいよ。その、なんだ……ありがとう、な」
感謝の一言に、彼の言葉の意味を全て含めた。
「気にしないでいい。俺も、少し興味があっただけだ」
それだけ言って踵を返す彼の腕をシンヤは取る。そして彼の目を真っ直ぐに見ながら尋ねた。
「……本当についてきてくれるんだよな?」
彼の問いに対して、彼は笑うだけだった。
間宮まひるが正気を取り戻した時既に彼の姿はなかった。その代わり、彼女の足元に紙が残されていた。それはまるで遺書のようで、まひるの目には再び大粒の涙が浮かぶ。
内容はシンヤのもので、そこには今までまひるに感じてきたことに対する詫びと、シンヤの気持ちについての考察。そして、最後にシンヤがまひるのことを忘れることを許して欲しいといった旨の文章が書かれていた。
「ずるいです……なんですか……忘れるって……」
その呟きに応える者はいない。
彼女はしばらくの間嗚咽と共にその場で泣き続けた。
◆ 同日。真也は自宅マンションの一室で目を覚ます。彼の自室は散らかったままとなっており、シンヤが生きていたときとほとんど変わらない。
ベッドの上で上半身だけを起こすと、真也はぼそりと呟く。
「……まただ」
そして立ち上がり机の引き出しから一枚の便箋を取り出す。その中身は、まひるに渡した物と同様であり真也はその内容を思い出して顔を歪めた。その手紙には、まひるへの謝罪が書かれていた。真也が意識を失っている間に何度も読んだのであろうその文面に彼の思いやりを感じて真也の目尻に涙が滲む。その瞬間彼の頭に鈍痛が走った。
「ぐっ……!」
その痛みで思い出すのは白い世界。そこに現れる黒い女性。彼女の言葉は相変わらず要領を得ず何が起こっているかもわからないため不安は拭えない。それでも、今の状況では手がかりが何もない。
彼はこの事態をなんとかしなければならない。それがたとえどんなに恐ろしいものであったとしても、誰かに頼れるのならその方がよかった。しかし現状彼にはこの頭痛以外に異常はない。それはつまり……
「俺がどうにかしないといけない……のか」
独り言は、誰に聞かれることもなく霧散していく。
それはまるで、彼の心を表しているかのような雲ひとつない空だった。
3日目の朝。
「……お兄ちゃん、おはよう」
朝食を準備していたところ、真也はまひるに声をかけられた。その声は小さく震えていたが真也はそれを聞き逃さなかった。そして努めて平静を保ち返事をする。
「おう。まひる、おそようさん。
もう昼過ぎだぞ」

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