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しかしある時彼はあることに気付き始める

そこに現れたのが彼女の師にあたる人物で。彼もまた世界の成り立ちやなぜ自分が生まれてきたのかということについて理解していなかったのであるが。彼は自分の研究に没頭することにより日々を忘れようとしていた。しかしある時彼はあることに気付き始める。自分の弟子である彼女に自分以外の人間との触れ合いによって心が芽生え始めていることに。このままでは彼女はやがて壊れてしまう。
だからこそ自分がそばにいなくても、誰か信頼できるものと共に過ごす時間が必要なのだ。それが今だと彼の勘は告げていたのだった。
「その少女は……一体……なんなんですか……それに僕が行って……どうすれば良いんですか……?」
その問いに彼女は答えられなかった。彼女自身、自分がどこに行くべきかは分からないのだから。だが、それでも自分の信じたものに従いたかったのであろう。彼女は意を決して言う。
「私の師匠はその場所に真也君のことを導いてくださるでしょう。その道行はきっと苦しいものですし辛いことでしょう。
でも真也君には世界を救う使命があるのであります! この絵の世界からみんなを助けることが出来るのはあなたしかいないのでございます!」
その言葉で真也は確信した。あの時見た不思議な光景は夢なんかではなかった。あれは本当にあった事だったのだろうと。真也の脳裏にある言葉が流れる。
(「僕はね真也。本当はもっとずっと昔から分かってたんだよ。でも目を背けてきたんだ。現実を直視したくないから……。でもね。君が見せてくれた。あの時の君は凄く強くて。カッコよかったよ。もう逃げちゃダメなんだなってわかった気がするんだ……。ありがと……」)
あれは彼の親友、伊織の言葉だったと真也は思い出す。そうだ、俺が目を逸らし続け、向き合おうとしなかったせいで彼は死んでしまったのだ。彼はもう目を逸らすのをやめたのだ。ならば俺がやるしかないじゃないか。彼は覚悟を決めて言った。

 
挿絵


「僕、行きます」
そう言い切った彼に女はほっとした顔を浮かべたがすぐに引き締め直すと。手を差し出した。
「分かりました。ならこれをお持ちください。きっとあなたの力になるでございましょう」
彼は女の手のひらを見るとそこに乗っていたものをつまみ上げる。
それは一枚のカードであった。そこには何かの図形が描かれていた。彼は女を見上げ、質問する。「これって何なんですか? 地図?」
しかし彼はその質問に対して首を振った。これはそんな簡単なものではないのだと。女は説明する。これは一種の通信手段であるという事。またこの場所に帰ってくるためのものでもあるという事、この魔法具を持っている間は自分の精神体がその座標上に浮かんでいるために迷子になることは無いということなどを彼は理解することは出来なかったが。とにかく大事なものだということは分かったようだ。
女は彼をしっかりと抱きしめると言った。
「いいですか真也君。必ずここに戻ってきてください。私と、そしてあなたの友達のために」
その瞬間病室の中に光が生まれる。彼の手に握られたそのカードを中心に生まれる眩いばかりの光は二人の視界を奪った。真也は何が何だか分からなかったがその温かい気持ちに思わず涙していた。しかしそれと同時に意識を失ったのだった。彼が次に目が覚めると見覚えのある真っ白な天井が見えてきた。その事実に気付いた彼は驚きながらもゆっくりと体を起こそうとするがその途端鋭い痛みが腹部を襲い顔をしかめた。そして彼の耳に声が届く。聞き慣れたようなそうでもないような、少し高めの少年の声だった。
「あぁーっ!! 真也さんやっと起きられましたか!!」
その声に真也が反応するとそこには頭に白いリボンをつけた女の子がいた。真也がぼんやりとその少女を見ながら「美咲……さん」と言うと。
「真也さん! まだ動かないでくださいまし! 真也さんの体は大変なことになっているんですよ!? お兄様が大慌てで医者を呼びに行って、今は検査中ですわ」
そう言うと彼女は慌てて真也を再びベッドに寝かせた。そして安心したように息をつく。真也はそれを聞き申し訳ないなと思いつつも先ほどまでのことを振り返っていた。
(そっか、俺また死にかけたのか……)
(今回はかなり危なかったですね。もうすぐお目覚めになるだろうとのことでしたが。間に合って良かったです)
突然真横から聞こえる女性らしき声で真也は驚いた。
彼は声が聞こえた方向を向いたつもりだったのだがその先に見えたものは真也の横腹でその様子から自分がどうやら半身を横にして座っている状態らしいことが察せられた。そのことを確認しながら視線を上げるとそこには見覚えのある人物が立っていた。
「ソフィア……さん?」
彼女の名前を呼んでみると彼女はその美しいかんばせに笑顔を浮かべて「はい」と一言だけ返事をした。
(この方が……?)
(はい、僕のお師匠様なんだ)
それを聞くと同時に彼女はこちらに向かって歩き始め、そして真也の枕元に立った。
「真也君。君は私の自慢の弟子ですよ。私の最後の教えをここまで守ってくれるとは思いませんでした。
本当によく頑張りましたね」
その言葉を聞いた真也は目尻に水を感じたが。ぐっと堪える。泣くわけにはいかないと彼は思ったからだ。
その様子を見ながら彼女も思うところがあったのか真也が口を開くよりも前に言葉を発した。
「君は今の状況が分かっていますね? あの世界での君の体験について、君自身のことを含めて話しなさい」
彼女に言われた通りに彼はあの不思議な空間での出来事を話した。女からもらったカードによって自分がこの世界に戻ってきた事、そして自分の体に異常があったことを。彼は話すたびに体の奥がずきりと痛む感覚があったが。全て話し終えるまで我慢し続けた。
それを一通り聞くとソフィアは真也の顔を見ながら真剣な表情で問うた。
「では君が感じていた苦痛の正体についてはわかりますね?」
彼は黙り込んだ。それは、彼にとって一番聞かれたくなかったことだからだ。彼は俯きつつ小さく、しかし確かに首を振ると言った。
「分からない……。僕はあの時ただ……」
その言葉を聞くと彼はため息混じりに真也へ語りかける。それは呆れというよりは諭すようなものだったが。その顔を見た真也の肩がびくりと震えた。
彼は今まで一度も聞いたことのない声色で喋った。
「君が今までずっと目を逸してきたことを、私が話さなくてはならないとは……まあこれも因果応報という事ですが。
私は最初君の事を助けようとしました。君の持つスキルならばその力を悪用することもないだろうし。なにより君は私と境遇がよく似ていたからです。しかし、君はあまりにも弱すぎた。その心が、力が、あまりにもちっぽけで何も変えられないことに。気付き始めたのです。
そこで考えた末に君を殺すことにしたのです。それが君にとって一番の救いになるだろうと思っていました。ですが君は何も知らないまま殺されていった。
私はそれを聞いて非常に残念に思って、それで…… ふっ、馬鹿らしい。なんですかこれ、全部嘘じゃないですか、全く私らしくもない…… ああもういいや面倒くさい。真也、君はね。私の作った擬似的にオーバードと同じ力を持つことが出来る薬を投与されていたんです。

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