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第7話 ……ありがとう

「ちょ、ちょ、ちょっと待って! あなたは『落ち着く』とか『冷静になる』って言葉を知らないの!?」

 足早く立ち去ろうとする俺の手を、なんとか掴んだエリシュがうろたえる。

「いや! だから時間がないんだって! 早く玲奈を見つけ出して助けてやらないと……!」

 手を振り払おうと争う俺に、「いい? よく聞いて」とエリシュの真摯な眼差しが俺を貫く。気圧された俺は諦める。一旦休戦。エリシュの言葉に耳を傾けた。

「このハラムディンでは上層階ほど強い外魔獣(モンスター)遭遇(エンカウント)するの。……理由はわかるでしょ? 各階層の防御を潜り抜けたきた外魔獣(モンスター)なのだから」
「そんなこと言われたってな……俺には自分の命よりも大切な人がいるんだよ! エリシュ、お前なら俺の気持ちくらいわかるだろ!?」

 ブレイクが最後に残した想いと、それを聞いたときのエリシュの態度。
 それだけで十分に伝わった。
 互いに惹かれ合いながらも、王子と側近という立場から、許されない恋慕だったのだろう。溢れ出そうな気持ちをひた隠しながらも、側にいるだけで幸せだったのかもしれない。

 だけど今、俺の側に玲奈はいない。

 熱をたぎらせた俺の瞳が、今度は逆にエリシュを捉える。
 分かってくれるよな、と。
 だが、それを飲み込んだ上でエリシュは尚も、不安材料を口にした。

「……でも、ブレイク様はEの上程度のステータスランクしかお持ちではなかったの。それでは最下層までなんて、到底たどり着くことはできないわ」
「んん? ちょっと待て。ステータスランクってTTL(トータル)の数値だよな? それなら俺、Cはあったぞ」
「……なんですって?」
 
 俺は「ほら見ろ」と能力板(ステータスボード)を開く。ステータス数値を順に追うエリシュの瞳孔が、大きくなる。そして最後に落胆した。

「……やっぱり外見はブレイク様でも、あなたはもうブレイク様じゃないのね……」
「それについちゃ、返す言葉が見つからねぇ……。ただ、これだけははっきりと分かる。俺と……もちろん玲奈もだが、もともと死ぬ予定だったヤツの体で、生まれ変わったんだ。ブレイクもそれを感じ取ったからこそ、俺に言葉を残したんだと思う」

 ブレイクとの決定的な違いが明るみになったのだ。
 エリシュの気持ちが痛いほど伝わってくる。その悲しさをいやが上にも()いられる。
 ブレイクは、死んだ。そして俺がいる。
 この決定事項は、二度と覆すことはできない。そう。きっと神々でさえ。

 危ういところを助けてもらったエリシュの俯いた姿を見て、とても申し訳なく、そしていたたまれない心持ちになる。
 どうすることもできないよな、と自分自身を無理矢理にでも納得させて、一歩前に踏み出す俺を、エリシュの声が引き留めた。
 
「……わかったわ。私も下層までお供します。これでも私はBの中位クラスの実力を持っているの。一緒に連れて行っても損はないでしょう? むしろお釣りがくるくらいよ」

 突然の同伴希望。
 この世界のことを齧ったくらいにしか知り得ない俺にとっては、貴重な協力者だ。
 無論、願ったり叶ったりだけど、エリシュの真意がまるで計り知れない。

「それが本当なら、マジ嬉しい。すっげー助かるよ。けどさ……どうしてだ? どうして俺にそこまでしてくれるんだよ?」
「ブレイク様のお姿をした人が、むざむざと殺されるのは耐えられないから。……それに、あなたはブレイク様を一番近くで看取った人。……それじゃ理由にならないかな?」

 エリシュの笑顔を初めて見た俺は、泣き出しそうになる声を誤魔化すように小さく「ありがとう」と呟いた。

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