第8話 夢と現実の狭間で想う
水滴が、漆黒を吸っていた。
湿り気を帯びた黒い球体は、まるで子供の玩具のように長い
ぴちりと頬に弾ける冷気で、玲奈は目を覚ました。
(……体が、とても重い)
生命を感ずる呼吸音も、一条の光でさえここには一切届かない。完全に暗闇に支配された場所。
手に、足に、まるで感覚がない。
思うように身動きが取れない玲奈は、体の操作を諦めて、思考を一旦停止させた。
把握しきれていない現状に目を背け、ゆっくりと噛み締めるように思い出す。
それは死の瞬間の忌まわしい思い出。
顔を背けたくなるような記憶の筈なのに、どうしても思い出してしまう。
大和に抱きかかえられたときの、力強さ、そしてその優しさ。
決して忘れてはいけない、と、玲奈は強く自分に言い聞かせる。
(———絶対に忘れない)
あんなにも自分に正直で、真っ直ぐな人は初めてだった。
周りはよく玲奈のことを「太陽みたいな人」と形容していた。口には出さなかったけど、心の中でいつも玲奈はそれを否定していた。
玲奈からしてみれば、本当の太陽とは大和のこと。眩しいほどの陽光をギラギラと照り降らす灼熱の太陽。
金髪という奇抜な容姿とスレた態度を言い訳に、皆その熱量から目を背けているだけ。本当は、背けた横顔に受ける眩しさくらい、とっくに気づいている筈なのに。
そんな大和に日を増すごとに惹かれていく自分を、玲奈は嫌いじゃなかった。太陽のように目を細めてしまうくらいの輝かしい光を与え、それでいて手を伸ばしても届かない尊いものに、誰だって憧れを抱いてしまう。抗えない、とっても自然な流れ。
大和が生徒会長に立候補したと聞いたとき、玲奈は本当に驚いた。そして同時にこうも思った。……私のため、かな? と。
決して自惚れからくる考察ではない。それ以前より、もはや清々しさすら感じられる『好きアピール』をなんの躊躇いもなく堂々と、周りに誰がいようがいるまいがところ構わず受けていたのだから。
学園長室前で、大和から生徒会長立候補の本心を聞かされた玲奈は、とうとう心の中の最後の牙城が降伏の白旗を降り出したのだ。
そして予感が確信へと変わった。やっぱり私もこの人のことが好きなんだ、と。
そこから始まる大和との、心が躍る学園生活を想像するだけで、涙が溢れそうになる。
だけど、それはもう叶わぬ夢。
玲奈は再び目を閉じる。暗闇に暗闇を重ね、そうすることで心を静かに落ち着かせていく。
そしてゆっくりと、あの女神が転生時に告げたことを胸の内で反芻《はんすう》する。
自分にできること。それは。
(———大和のことを絶対に、絶対に忘れない)
玲奈は、強く思い願った。