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初めてのバレンタイン ②


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 ――そして、翌日。里歩と母、そしてお手伝いの史子さんと四人で、史子さんの運転する車で行った倉庫型の会員制スーパーで大量に買い込み、我が家の広々としたキッチンでチョコ作りの練習が始まった。

「――それじゃみんな、これから手作りチョコ大作戦を決行しま~す! 頑張って美味しいチョコを作りましょー!」

「「「お~っ!」」」

 わたしが高らかに宣言すると、そこに集まっていた女子全員で拳を突き上げた。
 里歩なんか、元々お料理があまり得意ではないので、本気で覚えようとしているのがひしひしと伝わってくるくらい、かなり気合が入っていた。

「お菓子作りにおいて一番大事なことは、材料の分量を正確に量ることです。分量をキッチリ量らないと、いくら頑張っても絶対に失敗します。――というわけで、里歩。渡したレシピどおりにミルクチョコの分量を量って」

「あいあいさー☆ 任しといて」

「じゃあ、ママはガナッシュに使う生クリームの計量をお願い」

「分かったわ」

「史子さんはビターチョコをお願いね。わたしはお砂糖を量りま~す」

「かしこまりました、お嬢さま」

 ――こうして四人で役割を分担してそれぞれの材料を計量し、包丁で刻んだ二種類のチョコレートを()(せん)で溶かしていった。

 次に、このチョコの要であるガナッシュ作りに取り掛かった。溶かしたビターチョコレートに温めた生クリームとお砂糖を混ぜて作るというのが、このレシピでのやり方だった。
 本来はここにリキュールも入るのだけれど、お酒が苦手な彼のために、それは抜くことにした。
 ケーキのように熱を加えればアルコール分は飛ぶけれど、ガナッシュは加熱しないのでアルコール分がそのまま残ってしまうから。

「……う~ん、もうちょっと甘めの方がいいかな……」

 ひとまずでき上がったガナッシュを味見してみて、わたしは首を捻った。ちょっと苦みが強いので、お砂糖をもう少し足してみることにした。

「……うん、こんなもんかしら。――里歩も味見してみて」

「はいは~い☆ ……うん! こんなもんじゃない?」

 とりあえず、これでガナッシュの作り方はバッチリ覚えた。次は、ハート型の底に溶かしたビターチョコを厚めに流し込み、その上にできたガナッシュを乗せ、またビターチョコでフタをして、冷蔵庫で冷やし固める工程。

「わぁ! 絢乃とお母さん、めっちゃ手際いい~♪」

「……里歩、感激してないで手伝って!」

「ゴメン……」

 一時間ほどで、チョコは固まった。その次は、固まったチョコを型から外してバットの上に逆さに並べ、その上から溶かしたミルクチョコをコーティングする工程。最後にはスプーンでビターチョコを垂らしてデコレーションする工程もあって、なかなか手間がかかる。これでも〝簡単時短レシピ〟なのだから、普通に作るとどれだけ大変なのだろう?


****

 ひとまずすべての工程を終え、試作品第一号は完成した。

「――じゃあ、みんなで試食してみましょう」

 一人一粒ずつ手に取り、食べてみた。……うん、味は悪くない。美味しいのは美味しいのだけれど……、わたしは首を傾げた。隣では、里歩も同じように首を傾げていた。

「…………うまくは出来てるけど、もうちょっと甘みがほしいかな」

「だね。ちょっとまだ苦み強いかも。ねえねえ、桐島さんってさ、思いっきり甘いチョコの方が喜ぶのかな?」

「……? 確か、コーヒーは微糖が好きみたいだけど。なんで?」

「甘いもの好きっていっても、大人なんだし。あんまりにも甘すぎるのはダメかもしんないじゃん? 本人に電話して訊いてみたら?」

 確かにそうだ。本人の味の好みをある程度は知っておかないと、最後の最後でこの作戦は大失敗に終わるかもしれなかった。

「……そうしてみるわ」

 わたしはエプロンのポケットからスマホを取り出して、彼の番号をコールした。当然会社もお休みなので、彼にはすぐ連絡がついた。

『はい、桐島です。会長、お休みの日にどうなさったんですか?』

「……あ、桐島さん? 休日で寛いでるところ、ゴメンね。バレンタインのチョコのことで、貴方に訊きたいことがあって」

 わたしは単刀直入にズバリ訊ねた。こういう時に、遠慮は無用なのである。

『僕に訊きたいこと……ですか?』

「うん……。えっとね、チョコの味についてなんだけど。思いっきり甘い方と、ちょっとビターな方、どっちが貴方の好み?」

『……えっ、どうしてですか?』

「ほら、貴方って微糖のコーヒーが好きみたいだから。火葬場でも飲んでたでしょ? だから、微糖に合わせるなら思いっきり甘い方がいいのかなーと思って」

 チョコを思いっきり甘くしたら、その分微糖コーヒーで甘さが中和されるのではないか。わたしはそう考えたのだ。

『ああ、なるほど。そういうことだったんですね。――そうだなぁ、チョコはやっぱり甘い方が好きですね。でも、絢乃さんの真心が込もってれば僕はどちらでも美味しく頂きますけど』

「…………そう? 分かった。ありがとう」

 ……何だろう? 彼、今スゴいこと言わなかった? ――電話を切ったわたしは、顔が熱くなるのを感じていた。その頃は、まだ彼の気持ちを知らなかったから。

「彼、何だって?」

「……えっ? あー、うん。『甘い方が好きだけど、絢乃さんの真心が込もってたらどっちでも美味しく頂く』って。どういう意味なんだろ?」

 それを聞いた里歩や、母までもがニヤニヤしていた。

「あらあら、愛されてるねぇ♪ んじゃあさ、仕上げにシュガーパウダー振りかけるのってどう? 見た目もよりオシャレになるし」

「あっ、それいいかも! 里歩、ナイスアイデア☆」

 里歩の貴重な意見も取り入れ、本番のチョコはグッと見映えもいいものになった。

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