96 エイダル公爵邸(3)
滞在2日目。
翌朝も、さりげなく他の使用人達から、公爵不在の際の使用人の時間割を聞き出したらしいキャロルが、その時間に合わせるように、やはり使用人食堂での食事を指示してきた。
曰く、館の主人が不在なのであれば、普段通りの仕事を進めて貰えば良い。式典前でバタバタしているだろうから、自分達の方が、そこに合わせるから…との事だった。
食事の後は、
この一家は本物なのかと、グレイブ達はいっそ疑いたくなるほどだが、少なくともレアール侯爵は本人に間違いがなく、娘も、他人と言い切るのが困難な容貌だった。
午後は、実はレアール侯爵夫人が、平民の間でも有名な、花のデザイナーでもある事が判明し、メイド達を集めての、公爵邸に飾られている花々の、手入れ講座になった。
その間、
そして弟が昼寝に入った時間からは、キャロル1人での、執務室の文献整理。
こちらは、花にはまるで興味がないらしい。
途中、公爵家出入りの宝石商や一点物のドレスのデザイナーが、侯爵家との繋がりも出来ればこれ幸いと、キャロルやカレル宛訪ねては来たものの、
ただ、宝石商に対しては、キャロルの方に思うところがあったのか、玄関先で、真贋に関しては素人…との前置きをした上で、さっき
夜はまた、エイダル公爵もレアール侯爵も屋敷には戻らず、食事は使用人食堂で、護衛まで加わって、賑やかに終了した。
この間、3人とも自分たちで着替えや
滞在3日目。
そのまま執務室の整理にかかろうとしたようだったが、昨日の宝石商が、監察官を連れて、日も高くない内から公爵邸へと駆け込んできた。
「ああっ、よかった、いらっしゃった!今回は本当に有難うございました!おかげで、盗品を扱ったなどと、貴族御用達の看板を汚さずに済みました!」
「失礼。レアール侯爵令嬢でいらっしゃいますか?私は監察官のフェーベと申します。今回の経緯について、少し話を伺えたらと思いまして――」
「ああ…いえ、私は
「なるほど、公爵の……それにしても、よく、そこからお気付きになりましたね」
「大したことは…以前に、
この
キャロルは公爵邸のリストの話に、ルスランの名前をサラリと混ぜる事で、自分が盗品を扱っているグループと無関係である事と、自分の身元の確実性とを相手に提示していた。
フェーベと名乗った監察官も、軽く目を見開いている――と言う事は、エーレやその配下を知る、本物の監察官で間違いないのだろう。
僅かに口元を緩めたキャロルも、それを確認したに違いなかった。
「分かりました。そこまで伺えれば、充分です。公爵閣下は宮殿においでですか?では、私はそちらに謁見申請を致します」
そう言ってフェーベは立ち去って行き、残った宝石商は、キャロルに箱入りの、キャロルの瞳の色と同じ色の宝石がはめられた、剣の飾り房を差し出した。今回の、御礼だと言う。
「いえ、私はこのような物を頂く程の事は、特に何も――」
「どうぞこれは、私のケジメと
昨日のあの一瞬で、キャロルの瞳の色や、剣の特徴、本人の嗜好を把握していたのは、さすが
「ふふっ、分かりました。では、今回の貴方の
キャロルが、人差し指を口元にあてて、軽くウインクしたため、言葉じりに一切嫌みはなく、むしろ宝石商の
「ああ、確かに今は間に合っていますけど、もし、必要にかられた際は、お声がけさせて頂きますね?とても信頼出来るお店のようですし」
「は、はい!有難うございます、是非に!」
何度も頭を下げながら、退出して行く宝石商を見届けたキャロルは、ふいにクルリとグレイブの方を振り返った。
「気になっていたんだけど」
「は、はい。何でございましょう」
「食材の仕入れ値なんだけど、アレ、随分と市井の相場よりも高いよ?上前はねられてない?」
「は⁉︎」
「まあ、貴族価格って言うのもあるんだろうし、質が悪い訳じゃないから、公爵もそう思って多少は目を瞑っているのかも知れないけど…限度ってものがあるから、一回くらい、釘を刺しておいたら?次やったら、公爵様に処分して貰うよ、的な」
「………っ」
そうしてグレイブを絶句させて、午前は終了した。
午後は、宮殿付の衣装係がやってくるとの事で、
亡きセレナ皇妃のドレスを、アレンジして着用するとの事で、手ぶらでやって来た理由に納得すると同時に、やはりこのレアール侯爵令嬢が、次期皇妃候補筆頭なのだと言う事を、屋敷の誰もが感じ取っていた。
「よぉ、お嬢ちゃん!エーレ様が、セレナ様の衣装部屋から見立てたドレス、持って来てやったぜ!何着かあるみたいだから、好きなの選べよ!」
「ヒュー⁉︎ルスランも?何でそんな、使いっ走りみたいな事⁉︎」
戦場の雄、泣く子も黙る〝
「こうでもしないと、外に出られねぇんだよ!人使い荒すぎだろう、
「まぁ…ちょっとしたエーレ様の気遣いだ。ドレスが決まったら、後でお茶でも飲まないか。怪我の具合は、どうだ?」
ヒューバートもルスランも、それを気にして、わざわざ来てくれたのだろう。キャロルは、ふわりと柔らかい笑みを見せた。