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47 エスコートは不慣れです

「……しばらく、私もお酒は控えるよ」

「え、今言う科白(セリフ)がそれなんですか?」

 キャロルの着付けの合間に目を覚ましたらしいアデリシアは、侍女長(マルタ)が素早くアデリシアの方のフォローに入る事で、こちらも謁見用の衣装に着替えさせられていた。

 恐らく、その間に色々と絞られたのだろう。キャロルがいる、来客用の部屋に現れた時には、やや辟易した表情を浮かべていた。

 ドレス姿のキャロルに、僅かに目を見開いたものの、口にした第一声が、それだった。
 絶句したきりの副長(サウル)とは、雲泥の差だ。

「私には、女性のドレスは、どれも似たり寄ったりに見えるからね。君の近衛隊長としての礼服なんかの方が、よほど魅力的に思えるよ。とは言え、侍女長達の努力を無にする訳にはいかないね?――綺麗だよ、キャロル」

「――アリガトウゴザイマス」

 果たして、これほど心に響かない褒め言葉があるだろうか。

 侍女長(マルタ)のこめかみに青筋が浮かんでいるのを、キャロルは気が付かないフリをした。

 アデリシアは面白そうに、口元に笑みを(たた)えているため、間違いなく、お小言へのちょっとした意趣返しのつもりだろう。

 そのまま左の肘を、キャロルに向かって軽く上げる。

「どうぞ、お姫様?陛下の所まで、エスコートさせていただくよ」
「……光栄です、殿下」

 そう言えば、キャロルはこれまで宮廷式典は、警備する側でしか出た事がなく、ドレス姿でエスコートされる事自体が、人生での初体験だと、今更ながらに思い出した。

 男性の腕に手を回さず、男性の肘の内側に手を添えるのが、作法です――と、国立高等教育院のマナー講師は、言っていたような。

「犬がお手をしているんじゃないんだから」

 ちゃんと、その通りに手を添えてみた筈なのだが、何故かアデリシアは、くすくすとおかしそうに笑った。

「別に君なら、腕に手を回してくれても良かったんだけどね。相変わらず、媚びないと言うか…ぶれないね」
「ドレスを来て、エスコートされる事自体が初めてだと言うのに、そんな高等技術を要求しないで下さい」
「要求しなくても、実践してくるご令嬢は多いよ?」
「何ごとも基本が大切です」

 歩きながらも、アデリシアの笑いは止まらない。
 もしかして、お酒がまだ残っているのだろうかと、ふと、キャロルは(いぶか)しんだ。

「ああ…お酒なら、あの、とてつもなく苦い液体(のみもの)のおかげで、ほとんど抜けたよ。君も、飲まされただろう?」

 キャロルの表情を読んだのか、アデリシアも同意する様に苦笑している。
 コクリと頷いて、キャロルも同意した。…主に苦かったと言う点で。

「……殿下も結局、酔い潰れていらっしゃったんですね」

 予想外でした、と、アデリシアを見上げれば、本人も若干、不本意に口の端を歪めた。

「…お酒が初めての君より、回るのが遅かったんだろうね。()()()()()()で意識が飛ぶとか、自分でも驚いたよ」

「……あんなところ」

「君、直後に近衛に飛んで帰っていたみたいだから、意識がまだ残っていたのかと――さすがに、勢いに任せ過ぎたかと反省はしていたよ?侍女長にも、懇々と諭されたしね」

「………」

 深青(みお)としても、キャロルとしても、経験がないので、さっぱり分からなかったが、あんなところって、どんなところかと聞くのは、さすがに(はばか)られた。

 どうせ用意をするなら、抜け殻じゃない席にしようか――。

 もしかしてアデリシアは、多分にお酒の影響があったにせよ、本気で既成事実を成立させても良いと思ったんだろうか。

 ふいに浮かんだ、そんな考えを、慌てて(かぶり)を振って追い払う。

「キャロル?」

「いえ……私も覚えていないので…そこは、殿下を放置してしまった事と、相殺になりませんか?」

 エスコートを受けながら、見上げた私に、アデリシアが微かに目を瞠った。

「……君は、それで良いのかい?」

「そもそも、どうやって近衛の宿直室に帰ったのかも覚えていないんです。よっぽど交代時間が気になってたんでしょうか…自分でもびっくりです。近衛の(みんな)から聞く『お酒の失敗談』を、一晩でアレコレ経験した感じですね」

「……そう」

 気のせいか、アデリシアの表情が驚きから少し、(やわ)らいだようにも見えた。

「ならせめて、この後ちゃんと、陛下に説明をしないとね」

「あ、そうして頂けるのが一番助かります。必要でしたら、殿下を(たぶら)かした悪女の汚名も甘受しますので」

「はは。気持ちは有り難いけど、多分それは誰も信じないだろうね。そこは私も、自分が悪役になる覚悟は出来ているよ。使()()()の違いはあれど、最初に後宮云々(うんぬん)の話をしたのは私だからね」

「殿下……」

「じゃあ、中に入ろうか?覚悟は出来た?」

「――はい」

 この先を通過しないと、レアール侯爵領には向かえない。

 キャロルは息をひとつ吸うと、アデリシアから一歩遅れて、皇帝の私的な来客の間へと足を踏み入れた。

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