48 病床の皇帝
「こんな格好で、すまないな」
「キャロル、君、その格好だと〝カーテシー〟で良いのに」
アデリシアに小声で囁かれたキャロルが、本来のドレス作法、両手でスカートの裾をつまみ、軽くスカートを持ち上げて、頭を深々と下げる――〝カーテシー〟を思い出して、慌てて立ち上がりかけたが、クライバーが
「良い。近衛としての礼が、とっさに出るのは、仕方のない事だ。皆も、礼はそれまでに」
がったアデリシアが、先に声を発した。
「陛下。出来ればもう少々、お人払いをお願いしても?」
「うん?そもそも、ここには最低限の人員しか、
「再度お呼びになる判断は、陛下にお任せ致します。ですが、まずは陛下と皇妃様、私とキャロル、警護としてのジンド副長に、侍女としての3名の侍女長――だけとして頂きたいのですが」
「ふむ。書記官も、待機の侍医も、皇宮警護も外せ、と?」
「はい。話と言うものは、どこから漏れてしまうか分かりませんから」
「…それは、私がおまえに尋ねたい事と、関係しているのか?」
「もちろんです」
視線の交錯は、一瞬。
クライバーは
「有難うございます、陛下」
「…その様子だと、私は単純に、喜ばしい報告を聞くと言う訳にはいかないようだな」
アデリシアはそれには直接答えずに、ルフトヴェーク公国の皇帝の容態が思わしくない事、第二皇子派が、権力を手中にする為に、他国の承認を欲して、圧力をかけてこようとしている事、実際に、
大使館員が全員斬り殺されたと聞いて、さすがのクライバーも、顔を
アデリシアは更に、第二皇子派が国内の貴族を取り込むため、中庸派の侯爵に縁談を持ちかけ、拒否された際の騒動で、第一皇子が侯爵を
それが?と言う表情を見せるクライバーを、片手を上げて制しながら、アデリシアは更に、第二皇子派が侯爵を殺害して、第一皇子を叛逆者として、
「第一皇子は、我がカーヴィアル帝国に向かっていると思われますので、このままにはしておけません」
「…何故、その第一皇子が、この
「その第一皇子と、キャロル…私の近衛隊長とは、
「……なっ」
目を
アデリシアが、続ける。
「彼女の母親が、クーディアの花屋の平民であった事は間違いがないんです。そもそも結婚出来る立場ではないと、ルフトヴェークに行く事もなく、最近まで生活していたとの事ですし。ただ、侯爵は正室を迎える事なく、その血を引くのがキャロルだけだったと言うところを――ここにきて、突かれたようですね」
正確には最近弟が出来て、母もルフトヴェークに滞在がちだが、その話は、今は不要とアデリシアは判断したし、キャロルも訂正をしなかった。
「確かに…既に他国で地位のある娘を、いくら第二皇子の妃と言う立場でも、受ける訳にはいかなかった、か……しかし、彼女が侯爵令嬢とは……」
「何事もなければ、その素性には誰も触れないままだったんですよ。何より彼女は、私の近衛隊長なんですから。ですが第一皇子は、恐らく彼女の故郷であるクーディアへ来ます。こうなれば、行方不明でいられるよりは、こちらの監視下にいて頂く以外には、ありません。そして、その事を突かれない為には――侯爵を、暗殺される訳にはいかない」
「うむ……」
「そして、侯爵の暗殺を狙っている刺客は、帝国で大使館職員を殺した人物と同じ。なら、先回りして侯爵領へ行き急を知らせ、なおかつその暗殺者を捕らえられるかも知れない。ただ、今更急使のみを出したところで、暗殺の阻止には、役に立たない。急使を出すなら、刺客と渡りあえる腕があって、なおかつ侯爵に、
「……おまえ、まさか」
流石に、アデリシアの父親だけあって、クライバーの飲み込みも早い。
「
「誤解しないで頂きたいのですが、私は
「しかし……」
「ええ、近衛にいたままでは、到底ルフトヴェークへなど向かえない。だからこその――私の、後宮なんです」
アデリシアは僅かに口もとを緩め、その意味に気付いたクライバーも、呆れたように嘆息して、片手で髪をかき上げた。
「おまえ達…その為に…?それが本当なら、ただ、平民の娘に惚れたと言われるよりもタチが悪いぞ……!」
「……陛下?」
話が飲み込めず不安げな妻に、クライバーは説明のしようがない、と言った表情を見せた。
そして