46 広がる誤解
「殿下が目を覚まされましたら、陛下と
東宮内の、私的な来客のための部屋に辿り着いた際の、侍女長ディディエ・マルタの第一声が、それだった。
「謁見⁉あ…陛下、ご体調は…」
「
「うわぁ……」
酔い潰れていた間に、完全にぬか喜びをさせていると知ったキャロルが、顔を
と言うか、アデリシアまでもが酔い潰れていたとは予想外だ。
「あの…殿下、は……」
他の侍女にテキパキと指示して、服を持って来させながら、マルタがチラッとキャロルに視線を投げた。
「明け方、レノアが寝室に行きました際は、毎朝殿下が起きられる定刻でしたのに、『朝には、まだ早いよね?』と妙な主張をなさって、レノアを追い返されまして。見れば、女性とご一緒だったとの事で、
キャロルに全く話す隙を与えないまま、マルタが侍女服のポケットから、何かを取り出そうとしている。
どうやら、最初の侍女が寝室を訪れて、その後侍女長が訪れるまでの間に、アデリシアも酔い潰れてしまい、キャロルは近衛の宿直室へ戻ったのだ――どうやって帰ったのかは、全く記憶になかったが。
と、言うか、侍女が起こしに来るまでと言いながら、一度侍女を返しているとか、何をやっているのか、
「!」
そんなキャロルの内心など、知る由もないマルタが
「あ、ありがとうございます。良かった、失くしたかと――」
「これが床に落ちていなければ、ほとんどの者が、夢でも見たんだろうと言うところでしたわ。何しろ、殿下の女性不信は、本当に、長く、深刻でいらっしゃいましたから」
「―――」
それは、キャロルもよく知っている。
キャロルが近衛になってからでも、妙齢の独身皇太子と既成事実を作ってしまえとばかりに、押しかける女性はいたし、それ以前は賄賂で部屋まで手引きしていた者もいたと聞く。挙句、どこかの夜会で媚薬を盛られて、別室に連れ込まれそうになるに至っては、激怒して、その後の国内での縁談は、全て拒否すると言う事態にまでなっているのだ。
今回、マルメラーデの姫君との縁談が門前払いされないのは、それが外交問題に関わるからと言う一点に尽きる。
「
「マルタ侍女長……」
「貴女様が、近衛としての仕事を置いて、殿下の寝室に押しかけるなど、あり得ないと、皆、知っておりますからね。しかも、あのように度の強いお酒、頼んでいるのは殿下ご自身。降って湧いた他国の姫君との縁談に、ご自身のお気持ちに蓋が出来なくなったのでは――と、皇妃様などは仰っていらっしゃいます」
「……っ」
眠っている間に、話が予想もしない方向に大きくなっていた。
しかも、女性不信の皇太子が見つけた真実の愛――
「…多分、殿下が目を覚まされても、そこはお認めにならないかと……」
自分の方がベタ惚れ的な言われ方をされて、さすがにアデリシアがそれを許容するとは思えない。
そう思いながら、キャロルが乾いた笑い声を漏らしたが、東宮の有能侍女長とその部下は、そうは受け取らなかったようである。
「まあ、何を仰っているんですか、キャロル様!分かりました!普段そのような、近衛の隊服しか着用されないから、ご自身の
「えっ…謁見の準備って、そう言う事なんですか⁉いやいや、近衛の隊服で充分――」
「いいえ!そのお怪我を隠すようなデザインのドレスはちゃんとございます!傷に響くといけませんから、コルセットは緩めに致しますわ。元より細くていらっしゃいますから、問題ございません」
「えっ、ドレス⁉私そんなモノは着た事がない…って言うか、それだと警護が――」
「ヒールの低い靴、女性用の飾り剣はご用意致しますわ。サウル副長にも付いて来て頂ければ、宜しいかと」
「―――」
「夜会用ではなく、あくまで公的な謁見用ですから、比較的シンプルなドレスですわ」
侍女長どころか、他の東宮付侍女まで、キャロルにドレスを着せたくて仕方がないといった
「……え、謁見の
結局、侍女達の迫力に、キャロルは負けた。
こう言う時は逆らわない方が無難なのだと、王宮勤めの一人としての勘が訴えていた。
そして、侍女達の
「先ほど怪我の手当てと、キャロル様の身体をお拭きした際に、皇妃様付の侍医と確認させて頂いております。間違いなく、キャロル様が殿下のご寵愛を受けられた――と」
「⁉」
侍女達の間で、きゃあ、と小さな歓声があがる。
シーツが汚れていたと言われても、それはケガの血だろうとキャロルは言いたかったが、盛り上がっている侍女一同、誰もそれを聞いていなかった。
「キャロル様の血だけで汚れていた訳ではありませんでしたから」
「⁉」
マルタ侍女長、何を言っているのかワカリマセン‼
穴があったら入りたい、と言うのはきっとこう言う時なんだろう。
キャロルは思わず拳を震わせていた。
(絶対に小細工のし過ぎだ、あの皇太子サマ!)
よくTL小説で読む様な、下半身に違和感があるとか、痛みがあったとか、そう言った事がなかったのだから、ただ酔い潰れていただけの筈――なのに、記憶のない自分が恨めしい。
起きたら、恋愛小説の主人公にさせられた自分に、ちょっとは後悔しろ!と、内心で腹黒皇太子サマに向かって、キャロルは毒づいていた。