45 記憶のない朝
次にキャロルが意識を浮上させた時には、そこはアデリシアの寝室ではなく、宿直室で――既に周囲は
「隊長⁉良かった!酔い
「サ…ウル…?ああ、ごめん…私…交代……」
「交代なら、とっくに引き継ぎましたから、良いですよ。いや、と言うか今、皆が気にしているのは、
キャロルはゆっくりと身体を起こすと、サウルから小さめのグラスに入った、琥珀色の液体を受け取った。
「にっが…っ、何コレ⁉」
まだ、クラクラしている頭でも、渡された飲み物が、とてつもなく苦いのは分かる。
「
成分を聞くのも怖いので、キャロルは渋々グラスの中身を飲み干す。
「苦っ…って言うか…世界が回る……よく、トリエルが言ってるのって、こう言う気分なのか……的な…」
「馬鹿な事を言ってる場合じゃないですよ。時間になっても帰って来ない上に、やっと帰って来たらと思ったら、一滴も飲んだ事がない筈の人が、お酒の匂いさせて、髪も
「……状況説明ありがとう。とりあえず戻らなきゃって意識はあったのか…私……」
「隊長」
空になったグラスを受け取ったサウルが、話を聞けと言わんばかりに、キャロルを睨みつけている。
「呼んでもいないのに、勝手に侍医を連れてやって来た東宮侍女長が、その、傷が開いていた首の怪我の手当てを侍医にさせていましたよ。隊長が気が付いたら、
「ああ……イヤ、じゃ通らないヤツだよね、それ……」
首筋に手をやると、確かに新しく貼りかえられているようだった。
「何を子供みたいな。まぁ…少し遅らせるくらいなら、考慮可能ですが」
「いいよ…言ってみただけだから。ただ…侍女長と一緒に東宮に付いて来いと言われると…真面目な話、まだ、辛い。
「……分かりました。併せて連絡します」
キャロルの表情にウソはないと悟ったサウルが、宿直室の寝室の外にいたセナルに、東宮侍女長に連絡するように、指示をする。
「隊長」
寝室のキャロルに軽く頭を下げて、部屋を出て行ったセナルを見送ってから、サウルが表情を消して、キャロルに向き直った。
「どうせ東宮侍女長からも聞かれるでしょうから、回答練習として、先に聞きますけど。…明け方、アデリシア殿下とご一緒だった覚えは?」
「…と、取り調べ…?」
「まさか、もう、そこから覚えがないとか?」
「あっ…いや、そこは……」
言いながら、キャロルはしまったとばかりに口を
それはもう、一緒にいたと言っているようなものだ。
聞いた方のサウルも、嘆息している。
「そもそも、明け方に殿下を起こしに行った侍女が、
サウルの言い方が明け透けで、妙に
言い方…と、キャロルは思わず視線を逸らしてしまう。
何せその辺り、ほぼ記憶にないのだ。
転生前からの未経験なりに、最後までしたのかと考えると、何となく違う気はしつつも…自信がない。
「以前に、どこかの貴族の娘やお抱えの侍女が殿下の寝室に忍びこんだりとか、夜会のドサクサで媚薬を盛ったりとかした時点で、寝室には侍女長と、侍女長が認めた一部の侍女、あと隊長以外、女性は事実上立ち入り禁止ですからね。それはもう、容疑者一択にもなるでしょう」
「容疑者……」
「あと、隊長がいつもしている、レウコユム…でしたっけ?花のモチーフの髪飾り、殿下の寝室に落ちていたみたいですよ。今、侍女長が持ってますから、尚更とぼけようがないと思っておいて下さい」
「あぁ……まぁ、無くしたんじゃなければ良い、か……」
むしろホッとしたようなため息をついたキャロルを、サウルが
「……同意、してないんですよね。侍女長来る前に、敢えて聞いておきますけど」
揶揄を感じない硬い声に、キャロルがふと、顔を上げる。
「隊長の髪飾り、例の〝手紙の君〟からの贈り物でしょう。あれを知っている人間は、隊長の方から
それが届いた時のキャロルの表情は、厳しい訓練の顔しか知らなかった近衛達の中で、今でも語り草だ。
「……それ、重要?」
あのお酒はどうかと思うが、明け方の寝室を訪れる事を
説明のしようがなく、困ったように
「何やってるんですか、本当に……」
「あー…うん。許可貰ったら、サウルにはちゃんと説明するけど……多分、しばらく近衛隊を預ける事になると思う……」
「…しばらく、とは?」
「そこはまだ、ちょっと何とも……って、その、可哀そうな子どもを見る目やめてくれる?地味に
「自業自得ですよ。別に、代行で預かる分には構いませんが、俺は代行の2文字は外しませんよ。『預かり』ますけど『引き受け』ませんから、そのつもりでいてください?」
「………はい」
場合によっては、近衛隊に戻れない可能性があっても、最初からそれを前提にするなと言う事だろう。
「…みんな、ハードル上げてくるなぁ…」
「戻って来ない可能性を示唆されて、ハイそうですかと頷く馬鹿がいたら、お目にかかりたいですね」
「馬鹿……」
容赦のないサウルに、キャロルがシーツに思わず突っ伏していると、宿直室に繋がるドアがノックされた。
「隊長、副長、マルタ東宮侍女長がお見えですが……」
「早っ⁉って言うか、
「まぁまぁ、
木製の車椅子を押しながら、栗色の髪をピッチリと結えた、30代後半と思しき女性が、中へと入ってくる。
一見にこやかだが、目が笑っていない。
皇帝付、皇妃付と並ぶ、侍女トップ3の1人の迫力は、伊達ではない。
有無を言わせず、キャロルを
「…色々諦めた方が良さそうですよ、隊長。既に〝ローレンス隊長〟どころか様付けですし」
「はは……」
近衛の宿直室は、東宮寄りではあるが、それでも多少は、車椅子に乗せられて、侍女長に
サウルに肩を借りて、歩いた方がマシだったかも知れないと、キャロルは後悔した。