13 首席監察官エーレ・アルバート
出会いは、もうすぐ15歳になると言う、雪解けの春だった。
国立高等教育院在学中に、院長の教育助成金不正受給を暴いたキャロルの存在は、宮廷上層部の間でも知れ渡っており、最終学年の早い内から、更なる上位教育機関である、国立士官学校への推薦状が届いていた。
それと前後するかのように、つい最近弟が産まれたと言う事と、ぜひ顔を見に来ないかと言う、
ルフトヴェークに行くと言う返事を、カーヴィアル帝国出発当日にわざわざ出したのは、フットワークの軽い
自分が、かつて
狙うは
想像がついて、怖い。
高等教育院にあった、エールデ大陸地図を見ながら、周遊旅行の計画を立てるのが楽しかった事もあって、キャロルはセルフプロデュースでの旅に出たのである。
夜中に、宿が何者かの襲撃を受けたのだ。
宿主に、逃げた方が良いと叩き起こされたキャロルだったが、不機嫌な表情のまま、4~5名の男たちをそれぞれ、峰打ち一撃ずつで沈めると、そのまま、再びベッドへともぐりこんで眠ってしまった。
この程度は、クーディアの警備隊に同行していた昔に、何度も経験していたからだ。
宿主は面食らったまま、それでも襲撃者達を縛りあげると、すぐさま、町の警備隊へと知らせたのである。
「ディレクトアから国境を越えたところで、疲れて寝込んでたところに『さっき街で買っていた房飾りを寄越せ』…とか?意味分からないし、怖いとか、怖くないとかっていう以前の問題です。寝起きで手加減しそびれてたし、みんな、どこか骨とか折れたかも知れないけど、そこは不可抗力でお願いします」
当初は強盗の仕業として、警備隊案件だったのだが、夜が明けての事情聴取中に、キャロルが口にした『房飾り』の言葉に、警備隊の様子が一変した。
一瞬、自分のルフトヴェーク語がマズかったのだろうかと思ったキャロルだったが、そうではなかったらしく、キャロルはその話を、もう一度別の担当者にするように頼まれた。
その「別の担当者」が、当時
この辺りが宝石の産地だと言うのは聞いていて、キャロルもそれで、産まれたばかりの弟の為にと、誕生石付の房飾りを買っていた。
細身で片刃の
更にディレクトアでは、職人街で手入れの為の道具一式を入手していて、最後、ルフトヴェークで房飾りを買う事で、弟への贈り物が見事に完成したと、昨夜はご満悦だったのだ。
果たしてそれを、宿のレストランで主人と
発音、文法共に少し微妙なルフトヴェーク語でそう語ったキャロルを、エーレは微笑ましそうに、見つめていた。
「いや。君が高級な品物を持っていそうだとか、レストランで話が漏れたとか、そう言う話じゃないんだ。そもそも、その房飾りを街の宝石商で買った事が問題だったんだ」
エーレ曰く、近頃貴族の間で、館で原石を確認して、加工を依頼した後、実物が届けられた段階で、完全な偽物ではないにしろ、グレードの落ちる石にすり替えられている――と言う事件が複数発生していたのだと言う。
引き渡しの場で発覚する事はまずなく、ほとんどは持ち主の死により、財産処分などで鑑定に出されて、発覚するのだ。
問題の宝石商は、一定期間地域で活動して、ある程度の信頼を得てきた頃に、高額宝石をそうやって売り、その後姿を消すと言う事を繰り返していて、なかなか尻尾を掴めずにいたらしい。
今回、隣の子爵領から、そうやって消えた宝石があり、エーレはそれを追って来たと言うのだ。
「…それが、これ?」
「そう。もっともそれは、子爵領から持ち出す為に、いったんグレードの落ちる、安価な房飾りとして擬装されていたのを、何も知らない
「えぇ……」
せっかく、良いと思った物があったのに――そう思ったのが、表情にも出たのだろう。
エーレは僅かに思案すると、自分が、襲撃者達や宝石商の取り調べの後で、別の店に案内すると申し出た。
「あの襲撃者達は、懸賞金のかかった裏稼業組織の一員でね。士官学校に合格した程の腕と聞けば、少しは納得するけれど、相手は返り討ちにあうなんて欠片も思っていなかっただろうから、今なら芋蔓式に捕えられるし、この宝石商自体も、まだこの地に根差している途中だったようだから、恐らくはここでトドメを刺せる。後で案内する店は、少し高くなるかも知れないけど、懸賞金で差額は補えると思うし、それでもダメなら逮捕協力の個人的御礼として、その差額は出すよ。せっかく弟さんに贈るのなら、
「………」
キャロルに「断る」と言う選択肢を与えない、それは見事な話し方だった。
キャロルが一人旅と言う事が気になるのか、午後、お店を見たり食事をしたり(もちろん、キャロルが支払う隙はない)しながら、エーレは、自分たちの監査に同行しながら向かえばどうかと、しきりに言っていたが、行ってみたいところ、見てみたいところが他にもあるキャロルは、そこだけは断固として固辞した。
「だったら、私がマルメラーデへ抜ける予定ルート上で、手頃な値段で、安全な宿をそれぞれ紹介して下さい。公国内回ってるなら、そう言う情報って、ありますよね?そっちの方が断然嬉しいです」
キャロルはそう笑って、翌日には次の街へと旅立った。
そして2人の出会いは、それきりになる筈だった。
――3日後の再会は、果たしてどちらの運命が、動いたものだったのだろうか。
『……あれ?』
畑の向こうに、
キャロルの目に、行く手を遮る争いの影が見えた。
『リューゲとかディレクトアに比べたら、小競り合い多いよねぇ…ユニちゃん?』
カーヴィアル語で、愛馬の背中を撫でながら、そのまま歩を進めて行くと、やがて人影は大きくなり、それはキャロルの知っている人物の姿となった。
『あっ、監察官の部下の人⁉』
3日前に1度会っただけなのだ。フランツ・ヒューバートと言う名前が、すぐに出てこなかったのは、勘弁して欲しい。
独白にしては声が大きかったのと、それが異国語であったことで、幾人かの人間が、不審を覚えたように、振り返った。