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14 愛馬、走る

「よぉ、この間のお嬢ちゃんか!」

 彼はフードを目深に被った、見るからに怪しい出で立ちの3人に囲まれていたが、キャロルが目を瞠るほどのスピードで、それを地面に叩き伏せると、乱れた茶髪を直しながら、小走りにキャロルの方へと近付いて来た。

「悪い、エーレ様の所へ乗せて行ってくれないか⁉」

「はい⁉え、あの人いないの?監査受けたら(マズ)いような人に、刺客でも差し向けられたとか?」

「14歳がシビアな発想しやがるな。監査じゃなくて、監察な。単語がちょっと違う…って、そうじゃねぇな。あながち間違ってもいないしな。馬を乱されて、エーレ様と離されたんだ。覚えてるだろ?黒髪の男前、俺らの上司。まだ、そう遠くまで行っていない筈なんだ。馬を貸してくれって言っても、多分その馬、自分が認めた主人しか乗せない、レアール産の特別種だよな?だから、一緒に乗せてくれ、頼む!」

『……ユニちゃん、そんな大層な(スゴイ)馬だったの?』

 思わずカーヴィアル語で問いかけたキャロルに、愛馬はドヤ顔(に、深青(キャロル)には見えた)で、短く(いなな)く。

 まったく、(デューイ)もしれっと、何て馬を寄越すのか。さしずめ、有名牧場の市場価値数百万円のサラブレッドの仔馬を、タダで渡したようなものだ。
 果たして、市場のリンゴやニンジンを食べさせていて、良かったのか。

 それは、さておき。

『…ユニちゃん、この人乗せて走れる?』

 愛馬は、グルグルと不満げに唸ってはいるが、どうやら、乗せられない訳ではないらしい。キャロルは雰囲気で、それを察した。

「お兄さん、でも、ケガしてる人もいるみたいだけど、そっちはどう――」

「この程度のケガで怯むような、そんなヤワな奴は、今ここにはいない!今は何を置いても、エーレ様なんだ!」

 周りを見渡せば、時間差はあれど、襲撃者は全て叩きのめして、ヒューバートの後に続こうとしている。

 一瞬、ただの監察官と部下ではないのでは…と思ったものの、それを問いだだすだけの時間も、ボキャブラリーも、その当時のキャロルにはなかった。

『じゃ、ユニちゃんの本領、見せて貰いますか!』

 迷っている時間はない。キャロルはカーヴィアル語で愛馬にそう話しかけ、軽く立髪のあたりを叩いた。

「いいよ、お兄さん乗って。でも、ウチのユニちゃんの走りは半端じゃないから、振り落とされないよう、気を付けて!」

 二人を乗せ、馬がバランスを取り直した絶妙のタイミングで、キャロルは手綱を取った。

『ユニ、行け!』

 時折発せられるカーヴィアル語は、馬への命令だろうと想像はついただろうが、それでもその手綱さばきに、馬上でヒューバートは驚いているようだった。

 もう一人、人を乗せているのに、後方で、襲撃者側の馬を奪って追いかけて来る部下が追いつけないほどのスピードで、疾走しているのだから、無理もないだろう。

 その甲斐あって、目指す馬影が視界に飛び込んで来たのは、ヒューバートが予想したよりも、遥かに短い時間だったのだろう。「よし、追いついた!」と、短く叫んでいるのが、背後で聞こえた。

「え、もしかして多勢に無勢?」

 目を凝らして、目指す先を確かめたキャロルは、そこで、たった一人が、複数に囲まれているのを目にした。

「だから、焦ってたんだよ!お嬢ちゃんに、迷惑かける気はないから、適当なところで止まって、俺を下ろしてくれ!」

「無理!」

 全速力の愛馬に、今更止まれと言う方が、2人共投げ出されてしまう。
 ヒューバートの言葉を一言の下に切り捨てたキャロルは、むしろ反対に、愛馬の背中を思い切り叩いた。

「おい!お嬢ちゃん――」
「お兄さん、合図したら飛び降りてっ!」

 ここまで、キャロルにしがみつく訳でもなく、2人乗りをこなしたヒューバートである。
 決して、それは無茶振りではないと、キャロルは思ったのだ。

 馬上で、そう声を張りあげたキャロルは、ヒューバートの答えを待たずに、フワリと鞍の上に立ち上がった。

「1、2、3――行って!」
「ちぃ…っ!」

 抗議も出来なかったヒューバートは、舌打ちをしたものの、案の定軽々と馬から飛び降りていく。
 地に降り立って、剣を抜いたヒューバートは、自分と同時に、キャロルも馬上から離れていたのを知り、目を見開いた。

「お嬢ちゃん!」
「ごめんっ!」

 だがキャロルは、あろう事かエーレ・アルバートの肩に両手をつき、器用に身体を回転させて、まさにエーレに斬りかからんとしていた相手に、踵落としを喰らわせていた。

「なっ……」

 そして、馬上にいたその男は、ヒューバートの目の前に落馬したのだ。
 まるで、獲物をどうぞと言わんばかりに。

 更にキャロルは、乗り手のいなくなった馬の臀部を思い切り蹴り飛ばした後、隣に走り込んで来た、自分の愛馬に再度飛び乗った。

 蹴り飛ばされた馬は、エーレを取り囲んでいた、別の襲撃者達の方に突っ込んで行ってしまい、当然、そちらの足並みは乱れる。

 彼らが落馬をした位置には、遅れていた他の部下達が追いついていて、どう考えてもこれは偶然ではないと、その場の誰もが驚愕した。

 その一瞬で、攻守は逆転し、襲撃者たちはエーレ・アルバート自身やその部下たちによって、全て斬り捨てられる結果になった。

「……ごめんなさい。何か、場を引っ掻き回したうえに、後始末を押し付けたと言うか……」

 キャロルは一人も斬り捨てる事をせず、愛馬に乗り移って以降は、むしろ乗り手を失くした、襲撃者側の馬を落ち着かせて回っていたため、若干の後ろめたさがあったのだが、エーレや彼の部下達は、誰一人、そうは思わなかったようだった。

「いや…ありがとう、本当に助かったよ」

 エーレを始め全員が、僅か15歳の少女に、率直に頭を下げたのだから、嫌でもそれが本音だと理解出来る。

「ええっ⁉」

 キャロルは気圧(けお)されたように、両手を大きく振った。

「いや、成り行きと言うか…私は誰も倒してないし……!」

 キャロルにしてみれば、短い時間と言えど、たった一人で彼らを凌いでいた、エーレの剣技にこそ、目を瞠るものがあったし、後から追いついた部下たちの腕も、並大抵のものではなかったのだが、エーレは静かに頭を振った。

「君がヒューバート達を連れて来てくれなければ、俺は疲れて斬り殺されていたかも知れない。俺や彼らの腕前はともかく、動かしようのない事実がそこにあるし、君の言い方を借りるなら、君が場を引っ掻き回してくれたおかげで、それまでの攻守が逆転した。誰がこの場の功労者なのかは、皆に聞くまでもないよ」

 周りも、納得した様に頷いている中、当のキャロルだけは素直には喜べずにいた。

 これは絶対に、国立高等教育院での模擬戦だったら「部外者が、頼まれもしない事をするな。後の禍根になったらどうする」と、反省文を書かされる案件だからだ。

 キャロルをクーディアで見て、国立高等教育院への推薦状を当時書いてくれた主任教諭ミハエル・クルツは、そのあたり厳しかった。もう、後は卒業を待つだけとは言え、思わず首をブルブルと横に振ってしまう。

「いえ…褒められれば褒められる程、小娘が調子に乗って余計な事をした感に(さいな)まれるので…どうかその辺で……」

 父の所に着いても、士官学校に行っても、コレは黙っておこうとキャロルは思った。

 そのまま片手で顔を覆うキャロルに、意外さを(あらわ)にした、エーレの表情は見えない。

「また、懸賞金があるけど…それは、受け取ってくれるかな?」
「すみません、出来ればそれも、今回は要らないです。黒歴史になっちゃうんで…」
「黒歴史?」

 首を傾げたエーレに、しまった、黒歴史なんて単語は、有給と一緒で日本語かと、益々頭が痛くなったキャロルは、ともかくこの場を立ち去ろうと、笑って誤魔化す事にした。

「いえ、何でもないです!教えて貰った宿も、この後利用させて貰いますし、それで充分ですから、このあたりで退散しますね?調子に乗っちゃったついでに、後はお任せします‼」

「ちょっ…待ってくれないか⁉」

 すちゃっ、と片手を上げて、愛馬にまたがろうとしたキャロルだったが、やはりと言うか、有能さが透けて見えるこの監察官サマは、誤魔化されてはくれなかった。

 キャロルが上げていた方の二の腕を掴むと、慌てたように自分の方に引き寄せたのだ。

「我々の宿に来ないか?」
「え?」
「懸賞金が受け取れないなら、せめてこのターシェ滞在中の食事はどうかな?我々と一緒に来れば、食事代もそうだし、宿代もいらないけど」
「―――」

 やはり、この青年の話し方は、確実に自分の退路を潰してくる話し方だ。

 後でヒューバートらに聞いたところによると、仕事以外で、エーレがそう言った話し方をするのは珍しいそうなのだが、そう言われたところで、エールデ大陸での人生経験15年足らずのキャロルからすれば、だから何だとなってしまう。

「食事時間の都度、この前、君に紹介した宿――メイルデに迎えをやるのと、どちらが良い?どちらでも構わないよ」

 今にして思えば、腹黒皇太子(アデリシア)への耐性は、この時に付いたんじゃないかとも思う。

「……お世話になります」

 食事時間になる度に宿に迎えに来られるのは、正直、面倒だ。

 諦めたようにため息をついたキャロルに、エーレは良い笑顔で頷いたのだった。

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