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 しかし、南風原はそれを柳に風と受け流す。転移を使うまでもない、そんな表情で。

 俺の妹は分かっている。
 南風原を殺しても、父さんと母さんが帰ってこない事を。

 小春、お前がそうなるのは、こうしないと心の区切りが付かないと感じているからだろう。
 だから俺は、両肩に担いだ父さんと母さんをゆっくりと地面に降ろした。

「分かったよ……小春」

 激高している小春に、その言葉は届かない。
 南風原はニヤけながら小春を観察し、俺をチラ見している。

 お前も来いよ。そう言いたげな顔だ。

 その眼を見返し、集中する。
 そうすると、いつものように時間が止まったように感じた。

 あいつの転移は二次元。
 上や下に動かない。いや、出来るとは思うが、完全に俺たちを侮り、左右にしか動いていないのだ。

「わっ、何これ!? お、お兄ちゃん?」

 芝生が揺れ、つむじ風が舞い、空気が収束していく。
 薄く、細く、そして横に長く、風の|刃《やいば》を広げていく。

「――――――死ね」

 その言葉と同時に、南風原の動きが止まった。
 永劫に感じるそれは刹那の時間。
 遅れて突風が吹きすさぶと、南風原の右腕に赤い一文字が走り、冗談のようにボトリと落ちた。

(胴体を両断するつもりだったけど、少し範囲が足りなかった)
 だが、片腕はもらった。

 南風原の腕から、大量の血が噴き出している。
 あれでは数分も持たない。

「き、貴様っ!! 覚えてろよ!」

 テレビでしか聞いた事のない、チンピラのようなセリフを残し、南風原は逃走した。

「転移で逃げるのは反則だろ……」

 そしてその場には、俺と小春だけが残された。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「裕太くん、生き残ったのは僕たち三人か?」
「佐野さん? 僕もいるでござる」

 この二人に加え、俺と由美、合計四人が駐車場から脱出できた。
 ただ、タロットキャロットのメンツ、俺たちの家族、ここに居る以外の人達はみんな死んでしまった。

 それもこれも、あの南風原と名乗ったやつが「食料は全て回収する」と言いながら、銃を乱射たせいだ。
 よちよち歩きの子供まで殺すなんて、あいつら狂っているとしか思えない。

 ブラックフットは、俺たち以外の一般人まで殺害したクズ集団だ。
 だから今は悲しみより、怒りの方が|勝《まさ》っている。

 俺は、――――あいつらに復讐する。

「ちょっと、裕太、何ぼんやりしてんの!? 早く逃げないと、みんな殺されちゃうよ?」

 由美が俺の首筋に薙刀を当て、強めに声を出した。

「すまん……怒りに飲まれそうになってた」

 由美、|葛谷《くずたに》、佐野さんを見ると、三者同様に心配そうな顔を俺に向けていた。

「ブラックフットは、ららぽーと内部にいる。だからいまのうちに豊洲公園を抜けて、南へ逃げる」

 そう言って、俺を先頭に走り出した。
 屋上から銃で撃たれるのを避けるため、壁沿いを移動する。

 そして、豊洲公園へ近づくと、何者かの強大な気配が膨れ上がった。

「ひゃっ!?」
「何だってんだ、今のは?」
「びっくりしたでござる!」

 由美、佐野さん、葛谷の三人は、ほぼ同時にそう言って立ち止まった。
 俺は声こそ出さなかったが、背中に嫌な汗が噴き出した。

「あれって、夏哉くんじゃない?」

 建物の陰から四人で顔を出し、その気配がした方向を覗くと、由美が言ったとおり、夏哉の姿が見えた。
 いや、それだけではない。

 妹の小春と、倒れているのは、――――あいつの両親か。

「何だ、あの石みたいな壁は? お? 片腕が転がってんな。ありゃ誰のだ?」

 佐野さんの視線を追うと、銃を持つ腕が落ちている。
 あの場に立っているのは、夏哉と小春の二人だけ。
 と言う事は……、誰かと戦闘していたのか。

 ――――!?

 殺気にも似た濃密な圧力を感じ、俺は後ずさりをして尻餅をついた。
 他の三人も似たように尻餅をつき、真っ青な顔になっていた。

「い、今のはなんでござるか?」

 ここに居る四人は、全員何かの武道を嗜んでいる。
 しかしそれでも、こんな魂を鷲掴みにされるような殺気を感じた事はないだろう。

 そしてその圧力を持つ気配が近づいてくる。
 近づいてくるのが夏哉だと分かっていても、全身の毛穴が逆立ち、本能が警鐘を鳴らす。
 寒空の中、俺の額から汗が流れ、あごを伝って地面へ落ちる。

「裕太……。無事で良かった」

 しかし、夏哉が俺の前に立つと、その気配は霧散した。

(泣いているのか、夏哉。……ああ、お前も親を殺されたんだな)
 
「夏哉くん? ずいぶん雰囲気が変わったけど、どうしたの?」

(やめろ、由美。隣にいる小春の顔を見ろ)

 その表情は虚ろ。全ての感情が抜け落ち、気配すら希薄になっていた。

 だが……俺も何か言わなければ。

「ああ、無事に決まってるじゃねぇか。俺たちも、南風原に親を殺されちまったがな……」

 俺がそう言うと、夏哉の頬がピクリと動き、ようやく表情が緩んだ。

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