何だよ。こういった時のため、父さんはARCを改ざんしたんじゃないのか?
だから何か別の方法があるはず――。
「――ちゃん?」
魔法が使えるし、レベルアップも出来るようになってるんだ。
何か別に方法があるはず。
「――――お兄ちゃん、震えてるよ? しっかりして?」
「……あ……ああ」
両手があり得ないくらいブルブルと震えていた。
ふらつきながら立ちあがった小春は、涙を流し、哀しげな表情をしている。
父さんと母さんの血だろうか、それは小春のジャージを伝い、足元で水溜まりのようになっていた。
【夏哉】
【ちょっと黙ってろ】
俺は両手で顔を叩いた。
「ああ、現実逃避はやめにする。父さんのホログラム撮影んときさ、小春は目の前で見てたんだろ?」
「……うん」
「んじゃさ、他に何か、……例えばさ、レベルを改ざんできるとか、人を生き返らせる魔法とか、そんなに聞いてないか?」
「……い、痛いよ、お兄ちゃん」
両肩を掴んで揺さぶると、小春はそう言って黙り込んでしまった。
(俺は……俺は混乱しているのか。両親が死んだ事で。……いい加減、しゃきっとしなければ。こんな事いつまでも続けていたら、父さんと母さんに叱られてしまう)
「と、とりあえずさ、ここは危ないから先に脱出しよう」
「……でもさ、お父さんとお母さんは?」
「もちろんちゃんと埋葬する。だけど、今はここを離れて安全な場所に――」
そこまで言うと、奥の通路から人の気配を感じた。
「おやおや? 鈴木くん、戻ってたんだねぇ」
そして聞こえてきたのは、俺と家族を逮捕し、事情聴取をしていた|南風原《はいばら》の声だった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
南風原の手には|砲金色《つつがねいろ》の銃が握られ、鈍い光を発する銃口はこちらを向いていた。
あれはおそらく|強制複合現実化《FMR》された銃だ。
距離は約二十メートル。
昨晩見た格好と変わりは無いが、南風原はまるで雰囲気が変わり、なにか両生類のようにべた付く表情に変化していた。
(こいつ……昨日はすかしてやがったけど、こっちが本性か)
「その表情……やっぱり気に入らないなぁ」
南風原はそう言って、俺と小春舐め回すように見ている。
「俺の表情にケチ付けんな――」
「おおっと!? ようやく話してくれたね。僕はうれしいよ!!」
南風原は俺の言葉にかぶせるように言い、手に持つ銃を一発撃った。
その弾丸は俺の頬をかすめ、背後にあるガラス扉を粉々に砕く。
小春の方を見ると、いつもは小心者なのに特段ビビってはおらず、むしろ今にでも飛びかかりそうな顔をしていた。
「……お兄ちゃん、あいつよ、ここの人達を撃ったのは」
「ああ、小春の顔を見てそんな気がしてた。……やれるか?」
「うん!」
俺たちは南風原を見つめ、打ち合わせ無しでファイアボールを使った。
バランスボール大の炎の玉と、野球ボール大の炎の玉が、一瞬で南風原に接近し、周囲の机や椅子もろとも消し炭に変えた。
「危ないなぁ……警告無しで魔法を使うなんて、ルール違反だよ?」
いや、外した。
南風原の声は、元いた場所から十メートルほど左から聞こえ、今の瞬間、何らかの方法で移動したようだ。
【空間魔法を確認しました】
【転移したって事か? ……それ反則じゃねぇか?】
小春を見ると、目が合った。
おそらく同じ内容が視界に表示されているはずだ。
転移した南風原を見ても、それが親の仇だからなのか、小春の顔に怯えはない。
「なんだよ、今忙しいんだから後にしてくれよ! はぁ? 姉さん何言ってんだよ! 撤退するわけがないだろ!!」
(何だこいつ?)
南風原が身振り手振りを使い、姉さんとやらと会話を始めた。
電話でもないし……何も持っていない。
身振り手振りで、誰かが目の前にいるように話している。
耳に入れる小型無線機でも使っているのかもしれない。
しばらくすると、南風原の表情が変化し、石を投げられた仔犬のような表情になっていた。
「お兄ちゃん……」
「なんだ?」
「あの人、さっきもああなって、突然銃を乱射したの。だから――」
小春の言葉を聞き終わる前に、ソイルウォールを使った。
もちろん昨日のような巨大なものでは無く、このフードコートに収まるように意識をして。
そしてそれは圧縮され、土なのか石なのか分からない、まるで金属のような光沢を放つ壁となり、フードコートを二つに分けた。
しかし、南風原は空間魔法を使い、ここまで転移してくる可能性がある。
俺はそれを見越し「小春、外に出るぞ」と言い、父さんと母さんを抱え、豊洲公園へ脱出した。
その上で、フードコートを塞ぐように、もう一度ソイルウォール使った。
「小春、このまま逃げるぞ!」
「……」
「おいっ!?」
小春はフードコートと、俺の両肩にいる父さんと母さんを交互に見ている。
そしてその顔には怒りだけが浮かんでいた。
気持は解るが、あいつらは部隊で動いている。
多勢に無勢だし、|強制複合現実化《FMR》された自動小銃を相手にするのは、得策では無い。
「おっと? 逃がさねぇよ?」
そうこうしていると、南風原が壁の前に転移してきた。
その表情は先ほどとは違い、元のべた付く顔に戻っていた。
「死ねえええええぇぇぇぇぇ!!」
小春は突然絶叫し、ファイアボールを乱射し始めた。
まるでマシンガンのように連射するそれは、一本の炎となり、のたうちながら南風原に襲い掛かった。