(これは……)
倒れている人達は、苦悶の表情で息絶えている。
よく見るとその服装にはいくつもの黒い穴が開き、そこから大量に出血して死亡しているようだった。
現実とは思えないその光景を眼にしていると、人々がららぽーと豊洲から逃げ出していると分かった。
死体はそちらへ行くほど多くなっているからだ。
風向きが変わり、濃密な血臭が漂ってきた。
……何が起きてる。
俺は死体を踏まないように、血だまりで転ばないようにしながら、急いでフードコートへ向かった。
中へ入ると、四方八方から銃声が聞こえてきた。
(――ブラックフットが使っていた小銃と同じ音だ)
その音を聞くや否や、俺は全力で走り出した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
通路を走っていると、死体がそこら中にゴミのように放置されている。
|惨憺《さんたん》たる光景から目を背け、ようやく到着したフードコートでも血まみれの惨状が広がっていた。
辺りを見回すと、そこには俺に笑顔で微笑んでいた幼児の顔もあった。
母親に抱かれたまま、驚いたような顔で息を引き取っているその子に近づき、開いたままの瞳を閉じる。
そして見つけた。
(母さん、父さん、小春……)
うちの家族は、隅っこで折り重なって倒れていた。
血まみれになって。
「どうして……」
どうしてこうなった……。
家族が死んだのは、こんな世界になったのが悪い。全てモンスターのせいだ。
いや、これは誰がやったんだ?
これはモンスターの仕業ではなく、銃撃でみんな死んでいるんだ。
そもそも俺がここを離れなければ……。
だが、銃を相手にどうにか出来るのか?
逃げるだけなら出来たかもしれない。では、こうなったのは俺のせい。
様々な感情と、とても重い自責の念が吹き出してくる。
「お兄ちゃん――?」
「小春!?」
弱々しく俺を呼ぶ声は小春のものだった。
すぐに駆け寄り、父さんと母さんをゆっくりと移動させ、小春を抱きかかえた。
よく見ると、服は血まみれになっているが、銃撃されたような穴は開いていない。
「……よかった。無事だったんだな」
「そう。お父さんとお母さんがわたしを|庇《かば》って……」
小春の涙は、乾いた血を溶かしながら、頬を伝っていく。
そのピンク色の水滴はとめどもなく溢れ、床の血だまりに波紋をつくった。
「お、お兄ちゃん、痛い」
「ああ、あぁ、すまん」
俺は小春を強く抱きしめていた。
ああ、こんな事になるなんて。
家族が死ぬなんて、俺はこれっぽちも考えていなかった。
やはり俺はここを離れるべきでは無かった……。
「それと、これ」
「……何これ?」
小春は俺の手を握り、小さなガラスボトルを渡してきた。
手のひらに収まるそれは、透明な液体で満たされている。
ショックで立てない小春をゆっくりと降ろし、そして俺はそのガラスボトルをまじまじと見つめた。
「蓋に俺の名前が彫ってあるな……」
「お父さんから渡されたの。死ぬ前に……」
「……そっか。なんだろな、これ」
こういうのは遺品というのか? 頭が混乱して、妥当な言葉すら浮かばない。
震える手で、そのガラスボトルの口を捻った。
『こっちが夏哉用だったな』
『やっほー! お兄ちゃん、見ってる~?』
すると蓋の部分からホログラム動画が浮かび上がり、父さんと小春、奥のソファーでテレビを見ている母さんの姿が映し出された。
家具などを見ると、これはビッグフットジャパンのホテルで撮った映像だと分かる。
『小春! 大事な事を伝えるんだ。茶化すんじゃない!』
『え~っ? つまんないの~』
『いいから小春も聞いてなさい』
『は~い!』
『んじゃ説明するぞ。俺が持ち出していたのは、この水溶液。開発したのはもちろん俺だ。ふははは――』
ガラスボトルに入っているのは、ARCの改ざん用の水溶液。
故障した場合でも、これで修理できるという。
使い方は簡単で、この水溶液にノーマルARCを丸一日浸けておくと、父さん謹製のナノマシンが動き出し、プロトタイプARCへ改ざんされる。
父さんは手書きの図を広げて、水溶液の補充方法を説明し、世の中にいる多くのノーマルARC装着者を救って欲しいと言っている。
「こんな簡単に、プロトタイプARCに改ざん出来るのか……」
初期型が発売されておよそ十年。
その全てのARCを、プロトタイプARCに切り替える事が出来る。
これは、父さんが優秀なエンジニアだという証明だ。
改ざん用水溶液を増やす手順も簡単で、水溶液を水道水で希釈し、塩をひとつまみ入れるだけ。
一昼夜でナノマシンが勝手に増殖し、その環境を整えるそうだ。
と言う事は、プロトタイプARC装着者は、人口の一パーセントしか居ないという事実を覆す事が出来るのだ。
時間はかかると思うけど。
「父さん……すごいんだけど、そうじゃない。他に何かARCの機能を――」
時間を巻き戻した機能を使って、うちの家族を生き返らせる事が出来るはず。
俺はそう考え、必死でその機能を探す。
しかし、そういった機能は見当たらない。
【あーちゃん?】
【死亡した生命体は生き返りません】