途中で懐中電灯を拝借してきて良かった。
お金が足りなかったから、いつか返しに行こう。
地下鉄は暗いと思ってたけど、これはまさに真の闇。
それでも俺は、止まったエスカレーターを駆け下り、線路に飛び降りた。
懐中電灯の明かり一つで、線路を進む。
薄暗い闇の中、俺はもちろん走っている。
そしてしばらくすると、線路の奥から何かの音が聞こえてきた。
「電車?」
いや、地下鉄のあの独特な音では無く、聞こえるのは低音だけで、足の裏から軽く振動まで感じる。
【スライムが多数接近してきます】
【あ~、……それ忘れてた】
木刀は昨日の喫茶店に置き忘れてきたので、さっき懐中電灯を探すついでに、それっぽい物がないかと探していた。
それで見つけたのは、登山などで使うトレッキングポール。
カーボンファイバー製で、とても軽い。
だからどうなるのか分からないけど、視覚操作で
すると、ずしっと重みを感じ、俺の左手には反りのない直刀が握られていた。
相変わらず物理法則が家出中なのはさて置き。
それを照らしてみると、映画で見た事がある西洋の剣だった。
剣の幅が日本刀の倍近くあり、その厚みは、斬ると言うより、叩き切る事に主眼を置いて造られていた。
柄の部分は片手で握る分しかなく、完全にこれは片手剣。
「ま、いっか」
たぶん魔法しか使わないし。
と、右手に懐中電灯、左手に片手剣を持ち、俺はそのとき完全に油断をしていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
そろそろかな。
俺は走るのやめ、スライムがくるのを待ち構える。
懐中電灯の光りは遠くへ行くほど広がり、そして暗くなる。
その境目辺りに、直径三十センチほどのスライムがゾロゾロと姿を現していた。
(多いな……)
そう思っていると、こちらを敵だと認識したのか、半透明のスライムが赤く変化し始めた。
【スライムのレベルアップを確認しました】
【え? モンスターもレベルアップするの?】
【はい。今回初めて確認できました】
あーちゃんとそんな会話をしていると、ゆらりと赤い煙が見え、一体のスライムが俺に向けてファイアボールを放った。
まあ、避けるけど。
そういえば、うちのマンションからクインアントを見ているとき、後ろから来るヒュージアントがファイアボールを使っていたな。
おそらくあれもレベルアップした個体だったのだろう。
(ファイアボールを使うスライムなら、魔法はウオーター)
と考えた瞬間、俺の周囲、つまりコンクリートの足元、壁、天井から一気に水が溢れ出した。
「やっべ、しくった」
その頃にはすでにひざの辺りまで水が増えており、線路の南北両方へ勢いよく流れていた。
もちろんスライムもそれに押し流されているのだが、くぐもった爆発音のような音が聞こえてくる。
「ロケット花火を水中に向けて発射したみたいな音だな……つか、ヤバいかも?」
その音が散発的に聞こえ始めると、赤くなったスライムが水蒸気爆発をしているのだと気付いた。
見通せない闇の中、どれだけのスライムがいたのか分からないが、爆発の間隔が指数関数的に短くなっていく。
たしか、相当の高熱でなければ水に触れて爆発なんて起こらないはずだが、それが目の前で起こっている。
崩落が心配になり、天井を照らす。
「……これは」
そこにはおびただしい数のスライムが張り付いており、その色は赤。
もしこれが爆発の振動で落ちてきたら……。
「逃げるが勝ちっ!!」
俺はそこから一目散に逃げ出した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「酷い目に遭った……」
地下鉄のトンネルは強固に造られており、崩落こそしなかったが、爆発で散った水にはコンクリートの微粒子が混ざっており、俺は灰色のドロドロまみれになっていた。
(重くなったジャージを脱ぎ捨てたいけど、まだ寒いしなぁ)
俺はそんな事を考えつつ、東京駅へ向かうファイアスライムが気になっていた。
エスカレーターを上り、駅の外に出ると、見かけない大きな車両が止まっていた。
(装甲車か?)
テレビでしか見た事が無いそれは、放置されており、周囲に人影が見えない。
辺りの建物に、弾痕のようなものがあるので、おそらくモンスターを倒すために出動したのだろう。
「う~ん、ここからなら
|晴海《はるみ》通りを走り出すと、血まみれで倒れている人がいた。
一人だけではない。
他にも大勢の人が、血の海に沈んでいた。