さっきの戦いでは、タロットキャロット三十六人仕留めた。残り十四人と鈴木家の四人だが、こいつら本当に素人だな。
俺たちに後をつけられているとも知らず、どこへ逃げるのかと思えば、ひねりの無い単純バカ共は、元のねぐらに帰りやがった。
こんなにでかい装甲車両なのに、気づかないとかマジでアホか。
『ブラックフット、六から十番車両は、ららぽーと豊洲の東側を固めろ。俺の一番から五番車両は南側を固める。まあ晴海運河から逃げても、的になるだけだしな。んじゃ、配置について待機だ。周囲を警戒し、朝まで全員気づかれないようにしろよ? 俺は寝る。後は頼む』
『寝るって、恭一? あんた何考えてるの!?』
『うっさいなぁ姉さん……。朝から一網打尽にするんだよ。無人航空機も飛ばしてるし、あいつらに逃げ道は無い』
俺が無線を切ると、運転士からの視線を感じた。
毎度思うけど、こいつらは俺に対しての敬意が足りないんだよな。
上司だぞ? 執行役員だぞ? 今回のMPKを、父上に進言したのは俺だぞ?
「なんだ?」
「い、いえ。何でもないです!」
けっ。小物のくせに、いちいちこっち見んな。
人間には、殺戮本能がある。それは、世界の歴史を見れば明らかだ。
戦後教育のおかげで、俺たちの脳の奥で眠り続けてきたそれは、敵対者を血の贄とする事で満たされる。
だから人を撃ち殺したからといって、がたがた言うな、姉さん。
こんな世界になっちまったんだ。非理性的で感覚的な本能には、出来るだけ忠実に生きなければ。だろ?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
【被接続回数の急上昇を検知】
【カウンターアタックを開始】
【――――エラー】
【――――エラー】
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
翌朝、酷い頭痛で目が覚めた。
前もそうだったけど、俺って頭痛持ちだっけ?
ここは、ららぽーと豊洲にあるフードコート。
たこ焼き、ドーナツ、ハンバーガー、と有名チェーン店があるけど、そこに店員はいない。
昨晩、
父さんと母さんは、壁に背を預け、座ったまま寝ている。
横で寝ている小春を起こさないように、俺はそっと立ちあがった。
まわりを見ると、似たような家族がたくさん居る。
その中で、幼稚園児くらいの女の子がこちらを見て微笑んでいた。
だから俺は、人差し指を口に当て「静かにしててね」という意思表示をした。
「さて……今のうちに行くか」
肩を寄せ合い、寒さをしのぎながら寝ている人達は、その子以外まだ誰も起きてはいない。
うちの家族も同様だ。
【準備はいいですか?】
【ああ】
俺は念話で話しかけられ、目を覚ましたのだ。
そしてその内容は、ファイアスライムが隅田川を遡上し、こちらへ向かっているという内容だった。
裕太はとどめを刺したような話しを聞いていたが、どうやら違っていたようだ。
【あっ!? ファイアスライムは|佃《つくだ》大橋付近から上陸し、|新富《しんとみ》|晴海線《はるみせん》を
【あっ!? って何だよ、まったく。……んじゃ、こっちに来ないのか?】
【そうですが、倒して下さい】
【まあ、そう言うと思ったけどさ。ただ、タロットキャロットのメンバー五十人が一瞬でやられたモンスターだしなぁ。俺もちょっと及び腰になるなぁ】
【わざとらしいですよ? 夏哉はさっき「実は生き残っていたんだな! 俺がファイアスライムを倒せば、奴らタロットキャロットからの疑いが晴れる!」って言ってたじゃないですか】
それだけじゃない。
うちの家族は寝泊まりする場所が無くなり、移動手段を失った。
それを察した裕太が「ららぽーと豊洲に来ないか」と、誘ってくれなかったら、もしかしたら歩きで神奈川に向かっていたかも知れない。
いや、歩けない事は無い。
しかし、その道のりで、何度モンスターに出くわすのかと考えると、うちの家族は裕太の案に乗るしかなかったのだ。
【まあそうだけどさ。というか、あーちゃんてさ、どうやってモンスターの位置情報を感知してるの?】
【ルート権限使用。はい。プロトタイプARCは、主要モンスターの位置を半径十キロ圏内で探知できます】
【あ~、謎技術きたよ……。まあ、今はそれで助かってるけどさ。て事は、ファイアスライムがどこから来たのかも知ってんの?】
【はい。あれは本来、東京駅に出現したモンスターです】
なるほどね。
通勤などで人口が集中する場所だ。
道理で強いわけだ。
裕太からざっと聞いてはいるが、ファイアスライムの詳しい情報を探るため〝関東地区掲示板〟を検索する。
「……おいおい」
大騒ぎになっているスレッドで〝【佃大橋】ファイアスライム【崩落】〟というものがあった。
そこをざっと読んでみると、あーちゃんが言っていたように『佃大橋の北側にファイアスライムが上陸!』という書き込みがあった。
ただ、上陸したのは何か岩のような物で、はじめはそれがファイアスライムだと分からなかったらしい。
しかし、しばらくすると岩のかたまりから蒸気が噴き出し、それが割れると、中から真っ白なスライムが現われ、その高熱で周囲を文字通り焼き尽くしたそうだ。
その余波で、俺が渡ろうと思っていた佃大橋が崩落。
(……こりゃマラソンで遠回しなきゃいけないかな? つか、こんなの勝てるのか?)
「お?」
出口へ向かっていると、豊洲駅への矢印があった。
どうやら、ららぽーと豊洲の地下から駅へ行けるらしい。
つまり、東京メトロ有楽町線なら、豊洲駅から銀座一丁目駅までまっすぐ行ける。
そこから東京駅まで歩いてすぐだが、スライムの進む速度なら先回りができる。
まあ、停電しているので、電車は止まっているだろうし、走るのには変わりないか。